目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第17話 威圧と警告


早川奈緒は早川智洋の自信満々な表情を見て、心の底から皮肉を感じていた。前世では、なぜこの計算高い目を格好良いと思っていたのだろうか。


ふいに彼女は低く笑い、まるで滑稽なピエロを見るような目で彼を見つめた。


「ぷっ! そんなに彼女が大事なら、自分でやれば? まさかうちの会社に誰でも入りたがってるとでも思ってるの?」

声は冷たく嘲りを含んでいた。

「七ヶ月もこき使われて、一円も給料もらったことある? 普通の会社なら試用期間はせいぜい三ヶ月でしょ? 八ヶ月の契約なんて、搾取する気満々じゃない。そんな“幸運”は自分で味わえばいいわ。私には関係ないから」


そう言い捨てて、奈緒は彼をすり抜けて立ち去ろうとした。


早川智洋はその言葉に呆気にとられ、目の前の奈緒があの従順だった奈緒とは信じられなかった。


「奈緒、待て!」と、慌てて追いかけた。


その瞬間、奈緒はくるりと振り返り、勢いよく彼の腹を蹴り上げた。


「ドン!」という鈍い音が響く。


不意を突かれた智洋は、トイレの中へ転げ込むように倒れ、呻きながら壁に手をついてようやく倒れずに済んだ。顔は一気に青ざめ、入口に立つ奈緒の姿を信じられないものを見るように睨んだ。


「もう一度でも脅したら——」奈緒は見下ろしながら冷たく言い放つ。「今度こそ、本当に動けなくしてやる」

その氷のような殺気に、智洋は声を失い、痛みを堪えて息を潜めた。


奈緒の姿が角を曲がって消えるまで、智洋は腹を押さえて震えていた。

「……あいつ、正気じゃないのか? 本当に俺を殴るなんて……」

シャツについた靴跡を見て、もし蹴り所がもう少し下だったらと、背筋がぞっとした。


その時、内木克哉が個室から出てきて、ゆっくりと手を洗いながら、何気なく智洋の惨めな姿と腹の靴跡を眺めた。


「早川さん、武道の稽古中ですか?」と、内木は眉を上げて面白そうに言う。「手伝いましょうか?」


智洋は顔を引きつらせ、無理やり笑顔を作った。「結構です!」


「そうですか」内木は手を拭きながら親切そうに言った。「じゃあ、無理せず稽古してくださいね。これから島でやることが山ほどありますから」

そう言い残して、内木は悠々と立ち去った。


この謎めいた国民的俳優に対して、智洋は悔しさを噛み締めながらも何も言えなかった。


痛みを堪えてデッキに戻ると、早川愛花が手すりにもたれて「風に当たって」いた。傍らで冷泉慎也が熱心にスマホで写真を撮っている。


「腰、もうちょっと曲げて……そう、そのまま!」冷泉が指示を出す。


愛花はわざと大きく腰を反らし、Vネックの胸元を強調し、スカートの裾を持ち上げて白く長い脚を惜しげもなく見せつけ、カメラに向かってあざといポーズをとっていた。カメラマンはすかさずズームイン。


【わぁ! 愛花ちゃん、スタイル抜群! この脚最高!】

【かわいい! 私もダイエットしなきゃ!】

【え……これ何? あざとすぎじゃない? ちょっとやりすぎ……】

【うわっ、愛花ちゃん誰を誘惑したいの? カメラ回ってるのに!】


コメント欄は賛否両論で大盛り上がり。


【あれ? 早川家の智洋さん戻ってきた! 服に大きな足跡が!?】

【まさか船の上で智洋さんをいじめた人がいるの? 誰がやったの!?】

【足跡の位置……すごく痛そう! 容赦ないな……】


鋭いファンが智洋の惨めな姿に気づき、配信はさらに騒然となった。


一方、奈緒は水を飲もうとしたところに小野寺美咲が近づき、顎に手をついてじっと見つめてきた。


「なに?」と警戒気味に奈緒が視線を送る。


美咲はさらに顔を寄せて、声を潜めて興味津々に囁いた。

「奈緒! 筋肉のラインあるよね? もしかして腹筋割れてる?」

我慢できずに、そっと触ろうとする。


「私なんて食べては寝てるだけ……」美咲は羨ましそうに呟き、小声で懇願した。

「腹筋、見せてくれない? 一瞬だけ!」


【美咲ちゃん、すっかりハマってる!】

【腹筋女子! 私も見たい! カメラさんアップお願いします!】


コメント欄も大盛り上がり。


奈緒はおかしくなって、美咲の顎をつまみあげ、耳元でからかうように囁いた。

「腹筋だけでいいの? ウエストのラインも見る?」


「ぷっ!」ちょうど戻ってきた内木克哉がそれを聞いて思わず吹き出した。

「そんな盛り上がってる話題、僕も混ぜてよ?」


美咲はすかさずリンゴを掴み、内木の口に押し込んだ。

「リンゴでも食べてなさい!」


そばで小関夏葵と竹下周平は呆気にとられ、口を挟むこともできなかった。


内木はリンゴをかじりながら、体を奈緒に寄せ、ごく小さな声でささやいた。

【さっきの蹴り、見事だったね】


奈緒は眉を上げ、綺麗なアーモンド形の瞳で彼を一瞥しただけで応じなかった。何事も気ままな性格で、気に入らなければ蹴り飛ばす。それだけだ。智洋のような手のかかる相手には、痛い目を見せておくのが一番。もちろん、まだ懲りないようなら、もっと厳しくしても構わない。


【お兄さんとお姉さん、何をこそこそ話してるの? 気になる!】

【美咲ちゃん、逆にからかわれてる! ウエストの話が気になる!】

【内木さん、リンゴを食べる姿も可愛い!】


ファンたちは大盛り上がりで、予想以上に楽しい船上の雰囲気に夢中だった。


二時間後、船は岸に到着。スタッフたちが忙しく物資を運び始める。奈緒は空を見上げて少し眉をひそめ、早足で監督の永田茂の元へ向かった。


「永田さん」と小声で声をかける。


永田はカメラ班と話していたが、煙草を消して振り向いた。

「どうした?」


「空模様が気になります」

奈緒は真剣な口調で言った。

「今夜、風が強くなりそうです」


永田は晴れた空を見上げながら、少し不思議そうに尋ねた。

「気象に詳しいのか?」


「直感です」奈緒はきっぱり答える。

「ここは海が近いので、風が出ると危険です」


その時、後ろからわざとらしい笑い声が響く。早川愛花が腰をくねらせながら近づき、きつい香水の匂いを漂わせてきた。


「あらあら、誰かさんはカメラに映りたくて、またテキトーなこと言ってるのかしら?」

愛花はわざとらしい声で皮肉を言い、奈緒を見下すような視線を送った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?