「あなたの言う通り、すぐに風が出るって?冗談でしょ?」早川愛花は即座に反論し、その声には明らかな軽蔑がこもっていた。「出発前に天気予報をしっかり確認したし、智洋も気象庁に問い合わせたのよ。これから半月はずっと快晴。津波や地震なんて絶対ないし、すごく安全なの。」
そう言いながらスマートフォンを取り出し、わざと永田茂監督の目の前に差し出す。さらにカメラの方にも向けて、画面に映る情報がしっかり映るようにした。
「監督、見てください!気象庁の最新通知です。」愛花の声には、抑えきれない自信が滲んでいた。
永田茂は画面をちらりと見て、晴れ渡る空を見上げてから咳払いした。「気象庁が大丈夫と言うなら、まあ問題なさそうですね。でも、奈緒さんが指摘した以上は、念のため注意しておきましょう。何があるかわかりませんから。」そう言うと、スタッフに向かって声を上げた。「みんな、ちょっと気をつけて!天候が変わったら、まずは安全第一で!」
愛花はスマートフォンを握る手が一瞬固まった。これで奈緒を皆の前で恥をかかせ、ついでに存在感もアピールできると思っていたのに、監督は逆に奈緒の意見を真剣に受け止めたのだ。悔しさで歯ぎしりしそうな気持ちを抑え、無理やり笑顔を作った。「そ、そうですね。念のため、注意しておきます。」
そのまま奈緒に近づこうと手を伸ばしたが、奈緒はすでに背を向けてさっさと歩き去ってしまった。全く取り合う気配すらない。
愛花は奈緒の後ろ姿をじっと睨みつけ、その表情は険しく、目つきは冷たかった。
【奈緒が愛花を無視した!?】
【無名のくせに、何様のつもり?ほんとムカつく】
【SNSアカウントも運用してないんだし、批判されるのが怖いから隠れてるだけじゃない?】
【島の天気は変わりやすいんだから、注意するのは普通でしょ?奈緒さんを応援します!】
配信画面のコメントは、瞬く間に二つの派閥に分かれて論争になった。
永田茂は、コメント数が急激に増えているのを見て内心ほくそ笑んだ。「本当に何かトラブルでも起きれば盛り上がるな。事故があれば話題になるし、死人さえ出なければ……」そんな考えが一瞬よぎったが、すぐに気を引き締め直した。
「奈緒、こっちだよ!」小野寺美咲が荷物を持って下船し、奈緒に手を振った。
小関夏葵も慌てて駆け寄る。「美咲さん、荷物お持ちします!」
「大丈夫、大した量じゃないから自分で運べるよ。」美咲は笑顔で手を振った。
内木克哉は黙って荷物を持って下船し、静かにその場で待っていた。
奈緒はリュックを背負い、小さなバッグ一つだけを手に持ち、足取り軽く島へと上陸した。
一方、愛花の方はまるで違う様子だった。小さな歩幅で慎重に進み、智洋と冷泉慎也にしっかり守られている。智洋は大きなスーツケースを、慎也はメイクポーチを持っていた。
「気をつけて歩いて。」智洋は低い声でそっと注意を促す。愛花が転ばないか心配でたまらない様子だ。
竹下周平も後ろから、愛花のLVバッグを手に持ってついてきた。
二つのグループの荷物の差は、誰が見ても明らかだった。
【これ、バカンス?サバイバル?LV持ってきてどうするの?】
【Vネックのキャミで無人島って…虫に刺されるだけじゃなくて、体見せたいだけ?】
【愛花って本当にお姫様待遇だね。イケメン二人が護衛なんて羨ましい!】
【奈緒たちのグループはすごく爽やか!】
配信のコメント欄は賛否両論で盛り上がった。
船が着岸すると、全員のスマホはすぐに通信制限され、外部の情報は見られなくなった。ライブ配信のコメントは番組スタッフだけが確認できる。
永田茂は出演者たちの前に立ち、手を上げて宣言した。
「これから二組に分かれて、各チーム四人ずつ、島でのサバイバル生活をしてもらいます!どう生き延びるかは、あなたたち次第。番組からのサポートは一切なし!」
「撮影班が同行しますが、どんなトラブルも自力で解決してください!」
「それと、先ほど奈緒さんが天候の変化を指摘してくれたので、今は問題ないとはいえ、念のため警戒して行動してください!」
「これより、《孤島サバイバル》スタートです!スマホは外部と連絡できませんが、島内ネットワークは使えますので、グループチャットで連絡を取ってください!」
そう言い終えると、スタッフはすぐに周囲へ下がった。
出演者たちは荷物を持って島の奥へ向かう。最初はまだ平坦だった道も、すぐに消え、目の前には鬱蒼とした原生林が広がった。
「ふざけんなよ、これってまるでジャングルじゃん。全然開発されてないのか?」智洋は思わず口を滑らせた。番組側は事前に島の詳細を明かしていなかったため、てっきりリゾート地だと思い込んでいたのだ。目の前の現実を前に、全員の顔色が曇った。
「道も何もないじゃない、どうやって進むの?」愛花は呆然となり、取り繕っていた優雅さも崩れそうだった。早川家で大切に育てられ、撮影現場でも常に誰かに世話を焼かれてきた彼女には、未知の状況が恐ろしかった。
「みんな、上着を着て。虫除けになるから。」奈緒は冷静に指示し、さっとラッシュガードを羽織る。
美咲、夏葵、克哉もすぐに薄手の上着を着た。
「そんなに大げさにしなくても…」冷泉慎也は奈緒の手際の良さに、言いようのない苛立ちを覚えた。朝からずっと奈緒は一度も彼に目を向けず、まるで他人のようだった。昨夜の屈辱がまだ消えず、船上ではわざと愛花と親しげな写真を撮り、奈緒の反応を待っていたが、全く相手にされなかった。カメラの前で、怒りを必死に押し殺すしかなかった。
「夜には強い風が吹くかもしれない。安全な場所を早く探してキャンプを張らないと危ない。」奈緒は再度、強い口調で言った。
その言葉に、場の空気が一気に引き締まる。
美咲がすぐに近寄る。「風が強くなるなら急がなきゃ。海の近くは危険だよ、波に巻き込まれるかも!」
「そうだね、もっと奥に進もう!」克哉もすぐに賛同した。
夏葵は反射的に周平の方を見たが、彼は目を合わせず、代わりに自分の上着を愛花に差し出した。「愛花さん、もしよかったら僕の上着を使ってください。」