早川愛花は、竹下周平が差し出したジャケットに一瞥を送り、ロゴが目立つ普通のものであることに一瞬だけ嫌悪感を浮かべたが、表情には出さずにそっと押し返した。
「大丈夫、自分で着てて。私、長袖の上着持ってるから、後で着替えるね。」
愛花は優しく答え、わざと顔を横に向けて、カメラに自分の完璧な顎のラインと清楚な振り向き姿を映し出した。
【女神!愛花ちゃん美しすぎ!】
【早川奈緒、わざとでしょ?愛花が目立つのが嫌で上着着せようとしたんじゃない?】
【夜風って本当に吹くの?みんな素人っぽいし、何かあったらどうするの?】
ライブ配信のコメント欄では、愛花の美しさを称える声と、アイドルたちの安全を心配する声が入り混じり、盛り上がっていた。しかし、出演者たちはその様子に気づいていない。
「気をつけて、足元見てね。」
竹下周平は控えめに声をかけながら、どこか不安そうな、そして計算高い眼差しを愛花に向けた。デビューしたばかりの彼にとって、愛花は頼れる存在だ。噂によれば、彼女は早川家のお嬢様であり、早川智洋は人気歌手、冷泉慎也は国民的俳優。愛花と親しくなれれば将来は安泰だと考えていた。
「愛花、ゆっくりね。」
智洋はすぐに竹下を押しのけるように前に出て、愛花の細い腰をしっかりと腕で抱き寄せた。
前方は棘だらけの藪と雑草が生い茂っている。愛花はこんな状況に慣れておらず、顔色が悪くなったが、無理に笑顔を作ってみせた。
「明お兄ちゃん、大丈夫!私、平気だから!」
愛花は甘えた声で言いながら、さらに智洋の懐に身を寄せる。
智洋は思わず彼女を強く抱きしめ、守るようにして進もうとしたが、そのとき腕に鋭い棘のついた枝が深く刺さった。
「くっ……!」
智洋は低くうめき、腕を見ると、傷口から血がにじみ、何本もの棘が皮膚に食い込んでいた。手で払いのけようとすると、手の甲にもまた傷が増えた。
「明お兄ちゃん!大丈夫?」
愛花は思わず叫び、心配そうに傷を見ようとしたが、体は智洋の胸にさらにしがみついた。
彼女の慌てた様子に、智洋は痛みをこらえながら「平気だよ、大したことない。俺がちゃんと守るから」と優しく励まし、片腕で愛花の腰をしっかり抱き、一方の手で彼女を持ち上げるようにして、とうとう愛花の長い脚は智洋の腰にしがみつく形になった。
この姿は大胆で親密にも見えたが、二人は全く気にしていなかった。
「急いで!」
冷泉慎也と竹下周平も慌てて後に続く。三人とも顔や腕に新たな傷を作りながら、愛花だけは傷一つなく守り抜かれた。地面に降ろされた愛花はすぐに智洋の腕を握り、傷を見て涙ぐんだ。
「泣かないで、平気だから。」
智洋は痛みに耐えつつ、愛花の頬を撫でて慰めた。
【えっ!?妹が兄の腰に脚を…この姿勢は…】
【兄妹仲が良いだけでしょ!変な目で見る方が変だよ!】
【このグループ、雰囲気ちょっと変じゃない?】
【愛花ちゃん可哀想!お嬢様がこんな苦労するなんて…】
配信は瞬く間に荒れ始め、疑問や擁護の声が飛び交った。
「回り道する?」
小野寺美咲は前方の棘の茂みを見て、少し不安そうに尋ねた。
奈緒は首を振った。
「ここが島の安全エリアに一番早く着くルートよ。日が暮れる前にキャンプ地を見つけないと危険。」
そう言うと、彼女は番組から支給された短刀を抜き、さっそうと前に出た。
みんなが見ている前で、奈緒は短刀を軽く投げてキャッチし、手首をひねって左右に振る。棘だらけの枝や雑草が次々と切り落とされていく。蹴り飛ばした藪の処理も鮮やかだった。
【うそでしょ!あっちのグループ、道具持ってるのに?包丁もシャベルも飾り?】
【笑える、ナイフ持ってて刺されるとか…】
【奈緒さんカッコ良すぎ!冷静で決断力ある!】
コメント欄は騒然となった。
小野寺美咲と内木克哉もすぐに自分の道具を出し、両側の雑草を手際よく片付け始めた。小関夏葵も後に続く。こうして彼らのグループは協力しながら、棘のエリアを安全かつスムーズに抜けていった。
早川愛花たちのグループを追い抜いたとき、彼らの顔や腕には傷が目立ち、奈緒たちの余裕の表情と対照的だった。
「切れば通れるって分かってたなら、なんで教えなかったんだよ!」
智洋は痛みで顔をしかめ、かゆみも耐えられず、怒りをあらわに奈緒を睨みつけた。彼女があっさりと棘を処理するのを見て、やっと自分も道具を持っていたことに気づき、悔しさに思わず歯ぎしりした。
「普通なら、こんなの邪魔ものは切ってから進むでしょ。」
奈緒は冷ややかに智洋を見やり、「そのくらい我慢すればすぐ治るわよ。」と淡々と言った。実際、傷は見たほど深くない。
「お前…!」
智洋はその何気ない態度にますます怒りを覚え、詰め寄ろうとする。
愛花はすぐに彼の腕をつかみ、泣きそうな声で「明お兄ちゃん、やめて…きっと奈緒さんも今思い出しただけで、わざとじゃないから…」と庇う。
場の空気が妙に甘くなる。
奈緒はそれを聞いて思わず笑い、「誰が違うって?わざとに決まってるじゃない。」と、愛花のVネックのキャミソール姿を見下ろしながら、皮肉っぽく言った。
「……!」
愛花はその場で固まり、カメラの前では唇を噛みしめて涙を堪え、強がって顔を背けた。
奈緒はもう相手にする気もなく、周囲を見渡してスタスタと歩き出す。
小野寺美咲たちもすぐに続き、奈緒のグループは荷物も軽く手際よく、もう一つのグループを置き去りにして森の奥へと進んでいった。