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第30話 暗躍と支配

拓海が青ざめた顔でこの光景を睨みつけ、無意識に拳を握りしめていた。


画面では愛花が奈緒の方向へ走り出すと、イノシシが彼女を追う。

奈緒の姿を見つけると、愛花は一直線にその方へ突進した。奈緒の目前で足を止めると、愛花は咄嗟に横へ飛びのいた。


地面に叩きつけられる愛花。その瞬間、イノシシは飛ぶように奈緒へ駆け寄る。衝突寸前、奈緒が足を翻すとイノシシは蹴り飛ばされた。固唾を飲んで見守っていた一同の緊張が、一気に解けた。


早川家の屋内には、重苦しい空気が漂っていた。今まで金切り声を上げていた雅子が、突然沈黙した。誰も口を開かない。


内心では「愛花がイノシシを奈緒に向けたのは仕方ない」と思いながらも、血を分けた家族である奈緒への罪悪感に苛まれているようだ。


けど――。

『……死ね、天城奈緒』


「まったく!何を考えてるんだ!生放送でそんなことを言って……これでイメージ回復はもう無理だぞ!」


智洋は焦燥の色を隠せない。スマホを取り出すと、どのSNSも愛花がイノシシを奈緒にけしかけた動画であふれている。


ネットユーザーが切り取ったその瞬間が、ショート動画として拡散されまくっていた。


克哉と美咲のファンも論争を繰り広げ、愛花が頻繁に異性と写真を撮る様子をまとめた動画を拡散している。関連する議論が次々に湧き上がっていた。


《驚愕!早川愛花の行動に疑惑の声》

《早川愛花、異性への不適切接触で誘惑か》

《徹底検証!早川愛花の策略、番組を利用した殺意?》

《早川将史、脳神経科受診を勧告》

《因縁解明!愛花&将史兄妹のイノシシ利用襲撃事件》

《奈緒様のLINE開設を懇願!》


コメントが並ぶ画面を睨む智洋は、思わずスマホを投げつけそうになる。「ネット民の連中、頭おかしいんじゃねえのか!?」


「兄さん、どうしよう?」智洋は慌てて拓海に助けを求めた。


ソファに深く沈み込んだ拓海は、生放送画面に映る将史と奈緒の対峙する姿を凝視しながら呟いた。「契約書を確認する」


「そうだ!急いで契約を確認しなきゃ。奈緒を手放すわけにはいかない。あいつがいなくなれば、愛花を引き立てる盾がなくなるからな」


智洋は即座に同意し、奈緒が逃げることを恐れていた。


彼女を連れ戻したのも、愛花に降りかかる非難を肩代わりさせるためだ。たとえ血縁であろうと、彼の中で奈緒は愛花に及ばない。

愛花は甘え上手だが、奈緒はそうではない。


「表沙汰になった以上、事態は複雑だ」拓海は低く続けた。

「あいつは今、愛花の代わりに九条家に嫁いだ。次期当主がこういう状況だし、九条家がこの件を重視するとは思えん。とはいえあいつは今や九条凛の者だ。我々の抑圧が過ぎれば、九条家の報復を招く恐れがある」


商人である拓海は、こうした事情に鋭敏だった。

拓海の言葉に、雅子と智洋は凍りついた。彼らは九条家の存在を完全に見落としていた。


計画では、危篤の当主は「いない者」同然。死後は奈緒を早川家に取り戻し、九条家からプロジェクトを引き出す算段だった。九条家の威光で早川家を昇格させるためなら、多少の我慢は仕方ないと思っていたのだ。


「問題は将史が公にしたことだ」雅子が声を潜めた。「これで広く知れ渡り、九条家にも伝わるだろう。明日でも九条家を訪れ、誤魔化してはどうか?」


その提案に、拓海の表情が一気に険しくなった。

立ち上がると、雅子と智洋を睨みつける。


「我々が訪問すれば、九条家は面会すると思うか?九条家は誰でも入れる場所ではない。早川家の地位では、門前払いが関の山だ。将史の愚かさよ。奈緒を抑えつけるなら、カメラのない場所でやればいい。大庭広衆で行うことか。


近々、君たちも大人しくしていろ。擁護するような真似はするな。早川エンタテインメントは昨日から誰かに狙われている。一日かけて調べたが、敵の正体は掴めなかった。


将史が暴いた今、奈緒の契約が当社にあることは周知の事実だ。小野寺美咲も我々が彼女を抑圧していると直接指摘した。明日の早川エンタテインメントの株価はストップ安確実だろう。そうなれば…」


拓海はそう言うと、苛立たしげに車の鍵を放り投げた。

雅子の顔色がみるみる青ざめた。


「ステマを動員してイメージ回復を図りましょう」雅子が提案した。

彼女の中で、批判が起きてもステマで揉み消せば済む話だった。


「イメージ回復?美咲と愛花は犬猿の仲だ。美咲を敵に回した以上、彼女の数千万のフォロワーにステマで太刀打ちできると思うか?それに内木克哉も味方につけている。


君たちが業界の外にいるから分からんのだろう。克哉と美咲の背後には大物が控えている!彼らを敵に回せば、背後にいる大物の怒りを買う。すでに攻撃を受けている現状で、彼ら二人の後ろ盾まで敵に回せば、早川家は完全に終わる」


拓海はそう言うと、二階へ大股で歩き去った。

雅子はソファに崩れ落ち、顔からパックを剥ぎ取るとゴミ箱に叩きつけた。


「奈緒め…早川家を滅ぼすつもりか。生まれた時、占い師が『災いをもたらす者』と言った通りだ。戻ってきて半年で、我々を呪い殺そうとは」


雅子が呟くように罵ると、智洋の目にも殺意が浮かんだ。


「だからこそ、あいつを九条家に認めさせてはならない。九条家に『あいつが深謀遠慮の末、愛花を差し置いて嫁いだ』と思わせる行動が必要だ」智洋はそう言うと、車の鍵を掴んで外へ向かった。



九条家本邸の書斎。

豪奢な書斎には絶版の書籍が並び、仄暗い照明の中、細身の長身の男が上質なデスクチェアに座っていた。漆黒の瞳が、横にあるiPadの画面を捉えている。


「九条様、奥さまは武術の心得がおありでは?」脇に立つ優哉が声をかけた。

イノシシを仕留める映像を見た時、彼も思わず息を呑んだ。


診療技術に加え、こんな特技があるとは!

彼にも真似できない鮮やかな身のこなしで、イノシシを一撃のもとに葬り去ったのだ。


その様子を思い返し、優哉は思わず首をすくめた。本能的に凛を一瞥する。

「山で育ち、薬草に詳しく、漢方医術を操り、診療もこなし、さらに武術の心得まで…面白い」凛の声には、かすれた重みがあった。


画面に将史が奈緒を罵倒する場面が映るやいなや、男の長い指が机の上で静止した。指先に力が込められると、横のコーヒーカップが割れ、液体が机に広がった。


優哉は反射的にティッシュで凛の手に拭き始めた。

「この連中のスキャンダルを調べろ。多ければ多いほど良い」凛のしゃがれた声が響く。


ゆっくりと立ち上がると、iPadの画面を閉じる。

「凛様、スキャンダルが判明次第、公開いたしますか?」優哉が急いで尋ねた。


凛は振り返りもせず、書斎から大股で出ていった。

「握りつぶしておけ。今は手を出すな」

「承知いたしました」優哉は恭しく頭を下げた。

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