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第36話 決断:ひとりで逃げる

愛花が泣くことに必死で、将史は苛立ちを覚えながら数歩後ずさった。


「もういい、行かないなら俺ひとりで行く」


将史の声は冷たかった。生死の境では、どんな特別扱いも意味をなさなくなる。


他人を蹴落としてでも目立ちたいなら、まず生き延びなければ――

死んでしまえば、全てが終わりなのに。なぜ愛花がそんなに頑ななのか、どうしても理解できなかった。


「に、兄さままで私も置いていくの!?」


愛花は絶望した目で彼を見つめた。しかし将史は背を向けると、振り返りもせずに激しい風の中へ飛び込んだ。


腰まで浸かる海水をかき分けながら進むと、足元で何かを踏んだ拍子にバランスを崩し、波にのまれて藪の中へ叩きつけられた。


「な、奈緒!!助けてくれ!!!」


初めて恐怖を感じた将史は叫んだが、応えたのは嵐の音だけだった。


ふと奈緒の姿が脳裏をよぎった――撮影中、嵐の夜のことだ。帰りの車が落下物に当たり、足を負傷した彼は奈緒に電話した。


彼女は吹き荒れる嵐の中を駆けつけ、変形した車から彼を引きずり出した。何キロも背負って病院まで運び、医者に「もう少し遅ければ足が助からなかった」と言わせた。その後三日間続いた高熱では、生死の境をさまよった。


その記憶がよみがえり、将史はB班の方向を見つめた。もう一度あの姿が現れると願ったが、奈緒は現れなかった。


「天城奈緒…!助けてよぉ!!本当に死んでしまう…!!」

悔恨に胸が締めつけられた。班分けの時、彼女の班を選んでいればよかった。奈緒は決して見殺しにするような人間ではない。


愛花のように、事あるごとにわがままを言って動こうとしない人間とは違う。


【愛花なにやってんだよ! 自分が死にたいなら勝手にしろ、他人まで巻き込むな 将史早く逃げろ】

【即手振り払って退避ナイス判断】

【は?早川愛花マジで最悪 蛇ぶん投げて人の顔に当てるとか鬼畜かよ もし噛まれたら顔終わってたぞ】

【頭イカれてんのか? 海水逆流してんのにまだ居座るって何なん? 奈緒ちゃんに迎いに来てほしいとか、お前王女でもなんでもねーぞ】


ネットユーザーたちの怒りが爆発し、批判のコメントが画面を埋め尽くした。関連ワードは瞬く間にトレンド入りした。


愛花は暗闇の中で立ち尽くしていた。懐中電灯は電池切れ。誰もいないと気づき、慌てて外へ出ようとした。


「なんでみんな私を置いていくの?私が死んで何の得が?全員、私を殺そうとしてる……。みんな天城奈緒の味方だ。あの女……あの女のどこがいいの!!?」


嗚咽を交えた恨み言が終わるか終わらないうちに、巨大な波が彼女を襲った。


「きゃあ――!」

愛花は波に押し流され、顔面が蒼白になる。体が空中に放り投げられ、意識が遠のいた。


【おい…これガチで死んだんじゃね?】

【普通に考えて助からんだろ】

【自業自得ってまさにこれ】

【ずっと調子乗ってたから避けられて、結局一人だけ事故るとか 完全に厄病神ポジ】

【逃げて正解!情緒不安定な女は怖すぎる】

【ほんとに海に流されたんじゃね? バラエティ出て命落とすとかシャレにならん】


画面を見つめる視聴者の手が止まった。愛花のファンも沈黙した――

なぜ今もなお奈緒を罵るのか?嵐は自然現象で、奈緒に責任はないのに。


東京・早川家。

緊急の電話が静寂を破った。


「母さま、大変です」拓海は携帯を持って雅子の寝室へ急いだ。


雅子は眠気覚ましの息子に眉をひそめた。「また奈緒が何かしたの?」

「いえ、嵐で高潮が…愛花が流されました」拓海の声は詰まっていた。これほどの嵐になるとは思っていなかった。


「あ、愛花が!?将史は?奈緒に愛花の面倒を見るよう伝えておいたのに!」雅子の顔色が変わった。


「あの奈緒が悪い!占い師が彼女を災いをもたらす者と言った通りよ!厄介者を捨てたのに、なぜ戻って来て私達を苦しめるの?彼女さえいなければ…見つけた時に処分しておくべきだった…」


雅子は泣き崩れた。画面に映る娘の無様な姿を見て、そのまま気を失った。拓海が支えると同時に、医師を呼びながら大声で助けを求めた。


「兄さん!愛花が…!」隣室から飛び込んできた智洋はちょうど雅子の言葉を聞き、唇を震わせて呟いた。


(でも…呼び戻したのは俺たちじゃね?)そう一瞬思った。


孤島では、夜半の嵐が海水を伴って島を襲っていた。スタッフ全員がB班の洞窟に避難し、幸い広い洞窟は窮屈ではなかった。


「水が入ってきた!」

誰かの悲鳴と共に、慎也と周平が駆け込んできた。二人が洞窟に入る直後、海水が入り込もうとしたが、何かに遮られたように引いていく。


皆が顔を見合わせ、信じられないという目で入り口を見つめた。


「本当に水を遮ったの…?」

美咲は声を潜めて呟き、夏葵と視線を交わした。克哉も奈緒の横顔へ目を向けた。


彼女は平静な面持ちで洞窟の外を見つめ、微動だにしなかった。

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