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第37話 禍福は糾える縄の如し

「危なかった!洞窟が海水に浸かって、ヘビやネズミまで入り込んでたんだ」


周平が息を切らしながら話す。慎也は無言で立ち尽くし、わずかに動揺の色を浮かべていた。


その様子を見た永田プロデューサーが駆け寄ったが、慎也と周平の他に将史と愛花の姿がないことに気づき、焦った口調で問い詰めた。「愛花と将史は?二人にも来るよう伝えたはずだが?」


その言葉に、周平と慎也は沈黙した。

「彼女は…来ないって」慎也の声はかすれていた。


周囲の者たちは呆然とした。皆が避難する中で、わざわざ命を危険に晒すとは?自殺行為ではないか?


「まったく、禍福は糾える縄の如しだな」永田は重苦しい表情で呟いた。


奈緒はその会話を聞きながら、永田を一瞥した。唇を動かしかけたが結局何も言わず、目を閉じて休息をとっていた。


全員が神経を尖らせ、固唾を飲んで外の様子を見守る。

生放送のコメント欄も同様で、誰も寝るものはいなかった。愛花と将史の安否が気がかりで、早川家の人々すら例外ではなかった。


【愛花と将史、結局死んだのか生きてんのか?】

【奈緒ちゃんマジで予言者だわ 制作側が言うこと聞いたから被害が二人で済んだんだろ 全員巻き込まれてたら洒落にならん】

【愛花が転んで海に流される動画見たか? リピしたけどノーパン確定っぽい】

【マジかよ…男3人と一緒にいるのにスカート+ノーパンって何狙いだよ さすがにやべえ】


生放送の画面に注目が集まる。特に芸能事務所の関係者は、第一報を掴むために深夜にも関わらず総出で対応していた。


刻一刻と時が過ぎ、午前四時半になってようやく風が収まり、雨も小降りになった。


外が急に明るくなると、海水はみるみる引いていった。午前五時、東の空が白み始めた頃、永田が指示を飛ばす。

「急げ!愛花さんと将史さんの様子を見に行け!」


スタッフは急いでA班の洞窟へ向かった。海水が引いた後、地面に残っていたのは洗い流されたゴミだけ。昨夜の出来事が夢だったかのように。


番組スタッフが去り、B班だけが残された。

「様子を見に行くべきか?」克哉が眉をひそめて尋ねた。A班メンバーへの不信感から、事態を冷ややかに見ているようだ。


「行きましょう」奈緒が静かに言った。


占った結果、二人の命に別状ないと分かっているため、彼女は落ち着いている。

美咲と夏葵が後を追うと、スタッフたちが叫びながら走る声が聞こえたが、将史と愛花からの返答はない。呼び声だけが孤島にこだました。


「将史さーん!どこですかー?」

「愛花さーん!聞こえますかー?」


しかし、応答はなかった。


永田が汗だくで走り寄り、数人のスタッフを連れて奈緒の前に現れた。


「奈緒さん、あなたはそれなりに占いもできますよね…?愛花さんたちの状況…今、どうなってるか知ってます…?手遅れではないですよね…?」永田が震える声で頼んだ。


全員の視線が奈緒へ集中した。カメラマン二人もレンズを彼女へ向ける。

木陰に立つ奈緒の姿が映し出される。木漏れ日が降り注ぎ、彼女の顔に木々の影を落とす。風に揺れるポニーテールが、青春の息吹を感じさせる。


「心配いりません。二人は生きています。おそらく“眠り”についたのでしょう」奈緒が軽く笑った。


【マジ?占い師なの?】

【昨夜あんな大波で人流されたのに「寝てるだけ」とか草 適当すぎ】

【どう見ても目立ちたいだけだろ この女ほんと気持ち悪い 空気読め】

【同意 昨日の配信リアルタイムで見てたけど、ふたりとも水にさらわれてたぞ ほぼ死亡確定だわ】

【まあ落ち着け 本当に力あるのか様子見しようぜ 山で16年過ごしたとか言ってたしなw】

【内木くんと美咲ちゃん、ちゃんと奈緒さんについてるのてぇてぇ】

【いや全部この女のせいだろ わざと洞窟の話リークして愛花ちゃんを誘導したんじゃね? 完全にハメに行ってる】


理性を失った愛花と将史のファンが奈緒を誹謗する一方、多くの視聴者は昨夜の放送を再検証し彼女を擁護した。


海上の強風や愛花が避難を拒否した件はたちまち話題となり、批判的な動画や彼女をモチーフにしたネタ画像が拡散していた。


無人島で、奈緒は皆の疑念を前にほほえんだ。愛花の姿を思い浮かべると、彼女の目に一瞬の嘲笑が走った。あの甘やかされて育った“お姫様”が、惨めな姿をさらすことに耐えられるだろうか?


番組開始以来、奈緒は早川家の二人に干渉しなかった。相手が焦れば焦るほど、彼女は冷静で、相手をいら立たせた。海風に“懲らしめ”られた二人を思うと、彼女の気分は悪くない。


「寝てる?そんな馬鹿な」誰かが思わず声をあげた。


永田も奈緒をじっと見つめながら、心の内で将史たちを罵った。早川家のコネで無理やり参加させたのが間違いだった。話題性はあっても、命に関わる事態は避けたかった。


昨夜の危険を考えれば、慎也や周平でさえ避難したのに、なぜ二人だけが拒んだのか。命を粗末にしているのか?


「奈緒さん、冗談はやめてください。もしものことがあれば、この番組は終わってしまいます」永田は声を潜め懇願するように訴えた。


藁にもすがる思いだった。手当たり次第に探すより、彼女に頼るしかない。


「冗談じゃありませんよ。ほら、あそこにいるんじゃないですか」奈緒はそう言うと、両手を後ろで組んで、気ままにあごをしゃくった。


全員が固まり、彼女が示した方向を見つめた。

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