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第46話 毒蛇の胆嚢


彼は奈緒の腕を掴み、声を潜めて言った。

「薬草はそこまで必要ない。危険を冒すな」


「分かってるって」


克哉の手を振りほどき、彼女は足早に前に進んだ。薬草を探して鶏を煮るのは、単なる口実に過ぎなかった。


島に着いた時から、彼女は山に入って薬を探す決意を固めていた。毒蛇が巣くう土地の周辺に生える薬草は、凛の毒に効く。


さらに重要なのは、生きた毒蛇を捕らえ、その胆嚢を得ることだった。


凛のためでなくとも、この希少な毒蛇の胆嚢は漢方医にとって至上の品。彼女は必ず手に入れるつもりだ。


良質の薬草と猛毒蛇の胆嚢は、漢方に精通する者にとって抗いがたい魅力なのだ。


「奈緒さん……」夏葵が心配そうに彼女を見た。


奈緒が毅然と進むのを見て、克哉は後を追おうとした美咲を引き止めた。


「行くな。彼女にはどうしても見つけるものがあるかもしれない。我々の腕前では足手まといになるだけだ。蛇を刺激する前に撤収しよう」


克哉は冷静に分析した。


「我々が安全なら、彼女も存分に戦える。もし我々がトラブルに巻き込まれれば、気が散ってかえって危険だ」


奈緒を知って日は浅いが、彼女は計画性があり目的意識が強いと気づいていた。


こういう人間は今では珍しい。多くの者は浮ついて打算的だ。彼女のように純粋に没頭するタイプを、克哉は初めて見た。


「わかった、一旦退くわ」美咲は納得した。


数人とカメラマンは素早く洞窟へ引き返した。美咲は奈緒のリュックを探し出し、雄黄を周囲に撒きながら、なおも彼女が消えた方向を心配そうに見つめた。


「雄黄を届けたら?」美咲が提案した。


克哉は首を振って止めた。

「蛇を捕まえるか分からない。もしそうなら、雄黄のついた人間に蛇は近づかない」


「蛇を捕まえる?薬草を探すって言ってたけど…」夏葵は戸惑った様子だった。


「蛇の胆嚢は極めて貴重な薬だ。胆嚢が目的でなくとも、毒蛇の巣の近くには希少な良薬が必ずある。滅多に出会えるものじゃない」


克哉が説明した。彼も少しばかり知識があった。


「医学にも詳しいの?」美咲が興味深そうに尋ねた。


克哉は腰を下ろす場所を見つけた。「医者オタクの友人がいて、耳にした程度の浅い知識だ。私は医術には疎い」


美咲は頷き、それ以上は詮索しなかった。


その時、愛花と将史が青い顔で駆け寄ってきた。


「何の用?」美咲は愛花を見るなり、敵でも見るように即座に前に立ちはだかった。


克哉も眉をひそめ、彼らが洞窟に侵入しようとしたため、大きく歩み出て入り口を塞いだ。


「どけ!」愛花は美咲に阻まれ、逆上して声を張り上げた。「薬をもらいに奈緒を探してるの!」


「残念、奈緒ちゃんはいませんよ!」美咲は冷たい口調で返した。


愛花を見ると吐き気がした。この女は以前、卑劣な手段で自分の仕事を奪い、陰でネット工作員を雇って中傷までした。他人を蹴落としてのし上がろうとしたのだ。


「どいてよ!私たち食中毒したんだから!あの女のリュックには薬があるはず、出してくれればいいでしょ!」愛花が横暴に命令した。


美咲は呆れて笑い出し、愛花の顔を間近で睨みつけた。


「何見てんのよ!」愛花は恥ずかしさと怒りで顔を赤らめた。


美咲は手を伸ばし彼女の頬をつまんで揺さぶった。


「お姉さん、その厚かましさ城壁でも積んでるの?奈緒ちゃんとあんたに何の関係があるの?留守中にリュックを漁ろうだなんて……図々しいにも程があるわ。昨夜の肉泥棒で足りなくて、今度は強盗しにきた?」


美咲の言葉は鋭く、一つ一つ棘を含んでいた。

愛花は怒りで全身が震え、もともと痛んでいた腹はさらに激しく疼いた。


「あ、あんた…」


美咲はなおも引かず、彼女の腕を掴んでカメラの前に引きずり出した。

「さあ!配信中の皆さん、愛花さんのこの様子をよくご覧あれ!別グループなのに昨夜は人を使って盗みを働く、品性が悪い!この真昼間、奈緒ちゃんのいない隙にまた盗みに入ろうとしてる。警察の方はいらっしゃいませんか~教えてください、これって常習犯と言うのでしょうか?戻るのが遅れてたら盗まれてたかもしれないんだよ!愛花さん、芸能人って名乗るならそれなりの自覚を持てよ!」


美咲の気勢は圧倒的だった。「芸能人」という言葉に愛花はさらに逆上し、卒倒しそうになった。美咲に公衆の面前で嘲笑されるとは屈辱そのものだ。


「永田さん、私たちもうダメです!奈緒さん薬があるのに隠してるんです!私たちを殺す気です……!」愛花は泣き声を詰まらせながら、涙を浮かべて永田を見つめた。


永田は傍らに立ち、彼女の弱々しい様子を複雑な表情で見つめていた。


「死にそう?まだ息してるじゃない。さっさと帰れよ。B班の土地を汚すな、夜まだここで寝るんだから!」美咲はそう言うと、枝を拾い上げ、蝿でも追うように愛花を追い払おうとした。


スタッフたちは呆然とし、一斉に視線をそらした。これまで「美しく心優しい」イメージだった愛花は、番組収録を通じて裏では「わがまま女」と呼ばれていた。表向きは礼儀正しくとも、内心では嘲笑されていたのだ。


「あんた…」愛花がまだ抗議しようとしたところを、将史が強引に腕を掴んだ。


彼は彼女の腕を引き、無理やり連れ戻そうとした。


「兄さま、何で止めるの?奈緒は私を陥れようとしてるのよ!医術を知ってるくせにさっき去っていった。これわざとじゃないわけないでしょ!」


愛花は歩きながら腹の差し込む痛みに耐え、低い声で愚痴った。

将史の顔色も悪く、体が空っぽになったように壁にもたれかかっていた。


「この件…終わらせないぞ」将史は歯を食いしばり、冷たい声で言い放った。


慎也と周平は少し離れた場所にぐったりと座り込み、下痢で足腰が立たず、話す力すら残っていなかった。番組スタッフからもらった薬は熱を冷ます程度で、根本治療にはならなかった。


腹部の激しい痛みは続いており、船が来るまで耐えるしかなかった。

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