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第49話 夜の殺意

美咲は眉をひそめ、後ろめたそうな様子の夏葵を、見透かすような視線で見つめた。


「眠れなかったよ」


後方の克哉も、意味深に夏葵を一瞥した。口には出さないが、すべてを見抜いたような眼差しだった。


夏葵が近づいて腰を下ろすと、きょろきょろと奈緒を見て、ためらいながらささやいた。

「奈緒さん、私…大事なものをなくしちゃって。一緒に探してくれませんか?一人じゃ…ちょっと怖くて」


その言葉が終わらないうちに、奈緒の瞳は一瞬で鋭くなり、口元に冷たい笑みを浮かべた。「いいわよ、どこ?」


そう言って懐中電灯を手に立ち上がろうとしたが、美咲に腕を掴まれた。


「こんな真夜中に、明日の朝まで待ったら?人里離れた場所だし、物が逃げるわけじゃないでしょ」警戒心に満ちた口調だ。無人島の深夜に二人きりで出歩くなんて、万一の事態を考えれば恐ろしい。


奈緒はそっと彼女の手の甲を叩き、安心させるようにした。


「大丈夫、大事なものかもしれないし。すぐ戻ってくるから」奈緒が小声で言い終えると、夏葵について洞窟の外へ歩き出した。


二人の背中を見送りながら、美咲の胸に強い不安が押し寄せた。


「ねぇ、おかしくない?さっき外で口笛が鳴った途端に夏葵ちゃんが出て行って、戻ってきた時はこそこそしてた。それなのに今度は奈緒ちゃんを物探しと言い訳で連れ出すなんて……なんで真夜中に探さなきゃいけないの?明るくなってからの方がよく見えるでしょ?」


美咲は唇を噛みしめながら分析した。さっきの夏葵の泳いだ視線が、どうしても気にかかっていた。


「追いかけよう」克哉は即座に決断し、懐中電灯を手に立ち上がった。


二人が急いで洞窟を出ると、すでに奈緒と夏葵の姿は闇に消えていた。


「どこ行ったの?」美咲は呆然とした。


「別れるのは危険すぎる。一緒に探そう。A班の方へ行ってみる」克哉はそう言うと、美咲を連れてA班キャンプの方へ向かった。


海辺。


夏葵は奈緒を海へと導いたが、足取りは次第に重くなった。数歩進むと、彼女は突然立ち止まった。


奈緒が通り過ぎようとした時、夏葵は苦しそうに彼女の腕を掴んだ。


「どうしたの?」奈緒が怪訝そうに見つめる。


夏葵の目尻が赤くなり、唇を噛みしめながら震える声で言った。「奈緒さん…行かないで」


「え?」奈緒は笑っているのかいないのかわからない表情で彼女を見つめた。


「私を呼び出して物探しを手伝わせておいたのに」


奈緒が一歩ずつ詰め寄るたび、夏葵は後ずさりした。葛藤が沸騰するように渦巻き、ついに涙が決壊した。彼女は奈緒の腕を引っ張りながら言った。「もういい!戻ろう!」


しかし奈緒は微動だにせず、その場に立っていた。


両手を後ろで組み、冷たい月明かりの中で夏葵を見つめると、奈緒の声は平然でありながら心の奥底を見透かすようだった。


「さっき周平が呼び出して、合図を送って『相談』させたんでしょ?私を海辺におびき寄せるために君を使ったわけね。それは…私を殺すため?」


奈緒の口調は淡々としていたが、一つ一つの言葉が氷のようだった。

夏葵は雷に打たれたように、信じられないという目を見開いた。


「安心して、尾行したわけじゃないの。推測よ。前にも警告したし、占いもしてあげたでしょ」奈緒がそっと指摘した。


その言葉を聞くと、夏葵は全身の力が抜けたように、顔を覆いながら地面に崩れ落ちた。


「あの人たち…殺すなんて言ってません!連れて来て診てほしいってだけです…」


夏葵は慌てて言い訳し、必死に立ち上がると奈緒を見つめた。


「それでさっきから考えれば考えるほどおかしいって思ったんです!真夜中の海辺で診察なんて?絶対に何か企んでるに決まってます!周平に脅されたんです!あなたを連れて来ないと…別れるって言うんです!」


言い終えた時になって初めて気づいたように、夏葵の声は泣き声を帯びていた。「私の間違いって…あの人のことですか?」


奈緒は彼女が自白したことで、むしろ笑みを浮かべた。

「最後の最後で目を覚ましたことだし、本当のことを教えてあげる。周平はあなたの良縁なんかじゃない。彼は絶対にあなたと結婚しない。今まで一度だって本気で接したことなんてないの。ずっとあなたを利用して利益を得ようとしてただけ。今回は愛花の機嫌を取るために、あなたを囮にして私を誘い出させたのよ。


もし私に何かあったら、美咲ちゃんも内木さんも、私を連れ出したのがあなただと証明できる。そうなれば全ての罪はあなたにかぶせられる。私が死ねば、あなたの人生は終わるのよ」


それを聞いた夏葵は夜空の月を見上げ、苦い笑みを浮かべた。


「そうですね…さっきも脅してきて、言うことを聞かなければ事務所に『接待』を強要させるって…契約書にも接待強要の条項があるんです。その時は…」夏葵は言い切れず、絶望に胸を締め付けられた。


彼女は奈緒の腕を引いて戻ろうとした。「もういい!芸能人なんて辞めればいい!普通の人間の方がましだ!」


何度か引っ張ったが、奈緒はそっと振りほどいた。


「まだ時間はたっぷりあるわ。私、『診察』に行ってくる」そう言うと、奈緒は夏葵がさっき指し示した方向へ、風のように駆け出した。


夏葵が我に返った時には、奈緒の姿はすでに闇に溶け込んでいた。


「奈緒さん!」夏葵は焦って叫んだが、追いかけてももう姿は見えなかった。


慌てて戻ろうとした彼女は、探しに来ていた克哉と美咲にぶつかり、すぐに二人の腕を掴んだ。声は泣き声を帯びていた。「


ごめんなさい!全部私のせいです!奈緒さんが…奈緒さんが危ないかも!」


彼女は支離滅裂になりながらも、出来事を早口で説明した。


克哉はそれを聞くと、端整な顔が一瞬で曇った。「周平が君を使って奈緒さんを連れ出させたのか?それじゃあ奈緒さんを危険に晒すようなものじゃないか!」


「わかってます!もう!早く海辺へ行きましょう!」夏葵の声は恐怖で裏返り、そのまま海辺へ向かって全速力で走り出した。


その頃、奈緒は海辺へとたどり着いていた。


遠くに人影が岸辺に立っているのを見つけると、彼女はまっすぐに近づき、静かな口調で言った。「呼んだ?」


その言葉が終わらないうちに、その人影が振り向き、手を振り上げた——何かが彼女の顔面を直撃した。


奈緒は体がぐらつくと、うめくような声をあげ、潮の香り漂う砂浜に「どさっ」と倒れ込んだ。


人影は素早く駆け寄ると、乱暴に彼女の腕を掴み、荒れ狂う波へと引きずり込み、容赦なく放り込んだ。


激しい波が一瞬で彼女を飲み込み、黒い海面に姿を消した。


人影は岸辺に立ち、彼女が完全に消えたことを確認すると、振り返らずに足早に去って行った。

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