目次
ブックマーク
応援する
20
コメント
シェア
通報

第52話 波は静まる

【え、マジ? つまり愛花が周平を色仕掛けして、夏葵ちゃんに奈緒ちゃんを深夜に呼び出させて、海でハメ殺そうとしたってこと?】

【怖すぎるんだが… 昨日の配信おかしいと思ってたけど、ドッキリじゃなくてガチだったのかよ】

【A班オタどこ行った? 警察まで出てきてんのにだんまりか? 普段イキってんだから今こそ出てこいや】

【奈緒ちゃんの頭脳やばいな 全部計算済みで動いてる感ある マジ策士】

【推すわ! 奈緒さんアカウント作ってくれ! 真っ先に大ファンなる】

【B班ほんと庶民感あるよなw 騒動片付けてすぐメシ行くとか俺らと同レベルの食いしん坊でかわいい】

【ちょ、早川エンタに突撃したいんだが 社員全員にあの保険かけてんのか聞いてくるわ 誰か一緒に行こうぜ 卵と腐った野菜持参で】


ネットユーザーの怒りは頂点に達し、早川エンターテインメント本社前で集結した。


連日、社内は恐慌状態。社員は出入りもできず、決まっていた契約は次々と白紙に戻っていく。

業界は冷ややかな視線を向け、中には足を引っ張る者もいた。


――すき焼き店


満腹になった四人がスマホを眺めていると、夏葵が目を見張った。

「トイレと入浴と睡眠以外、全部生放送されてたって?」

「へえ…隠しカメラか。初めて実物見たわ」美咲が呟く。


克哉がスマホをスクロールし、しばらくして口を開いた。「早川エンターテインメント、今回は再起不能だろうな」


「ねぇ、奈緒ちゃん、正直に言ってよ。愛花と将史と、どういう関係なの?」美咲が我慢できずに尋ねた。あの二人の奈緒さんへの執拗な攻撃は、単なるもめ事ではなかった。


奈緒はジュースを一口含み、率直に彼らの視線を受けた。

「私は早川家の実子です。将史は血縁上の次兄。愛花は…私が早川家を追われた後、養子に迎えられた娘。彼女は私が早川家のお嬢様の座を奪うのを恐れてたんでしょう」


衝撃的な事実に、空気が凍りついた。


「マジかよ!そんなドス黒い奴のために、あの二人が結託して奈緒ちゃんをいじめてたの!?それに保険まで……昨夜のは完全な殺人未遂じゃない!」美咲は驚いて水を一気飲みした。


「ええ。私が死んだら数億円の保険金がもらえるわ」奈緒は軽く笑い立ち上がる。


お会計を済ませようとすると、克哉が既に支払いを終えていた。奈緒は仕方なく手の平を上に向けた。


「そろそろ失礼するわ。また機会があれば」

「四日後の番組、まだ出るの?」美咲が慌てて尋ねた。彼女は心底奈緒を気に入っていた。


「出るよ。早川エンターテインメントとの契約は番組終了までです。違約金払ってまで辞める必要ないからね」奈緒はそう言って去っていった。


美咲と克哉と夏葵は彼女の後姿を見送り、待機している会社の車へ向かう。

夏葵がタクシーを呼ぼうとした時、美咲が突然言った。「乗りな。送るから」


断ろうとした夏葵に、彼女は続けた。

「私が送れば、あんたの会社も多少は遠慮するわ。契約内容をよく見て、解約できるならした方がいい」


「…わかりました」夏葵がうなずく。


周平を告発した以上、会社が黙っているはずがない。解約しか道はなかった。

奈緒の言葉を思い出し、彼女は呟いた。


「奈緒さんは本当に凄い…占いの時から、周平を助ければ人生終わると示唆してたんです。…つまり、全て見抜いてたのか」


夏葵は感嘆した。この番組で、彼女は人生の恩人に出会ったようだった。


――病室


愛花は病院で取り調べを終えていた。疑いはかけられたものの証拠不十分、加えて食中毒が治まらず、気絶後に搬送された病院で目を覚ました。


目覚めた途端、置いてあったスマホが狂ったように震えていた。将史に預けていたため、ネットの嵐を全く知らなかった。


画面を開くと、トレンド上位が自分の名前で埋まっている。

「私…バスった!?」


プッシュ通知を開くと、全て彼女の「名場面」のハイライトだった。動画アプリを起動すれば、あらゆる醜い表情が晒されていた。


「う、うそ……夜中の出来事まで配信してる?スタッフはもう撤収したはずなのに…!」


全てのトレンドを見終えた愛花は眼前が真っ暗になり、再び気を失った。

彼女が望んだ「バズる」は叶った――だが最も醜い形で。


ネット中が彼女を「サキュバス」「悪女」「偽善者」と罵っていた。


「愛花!」


智洋がドアを押し開け、気絶した彼女を見つける。

駆け寄りながらスマホの画面に映った過激なトレンドを一瞥し、烈火のごとく怒った。


「将史!スマホを預かれって言っただろう!なぜ見せた!」

同じく中毒症状に苦しむ将史は体中が痛んだ。突然の兄の叱責に彼も逆上した。


「いつまで隠せると思うの!?それより、あいつが問題を起こさず、周平を唆して奈緒を誘い出すなんてしなければこんな事態になるはずがない!俺は我慢しろと言ったのに、あいつが勝手に暴走したんだ!それも俺のせいか!?」


将史の蓄積した不満が爆発した。全身を震わせながら智洋を睨みつけ、振り返らずに去ろうとした。


「その態度は何だ!お前のせいで妹は人生を棒に振り、会社もこの番組のせいで倒産寸前だ!」


将史の足が止まり、ゆっくりと振り返った。

「…なんだと?」


智洋はスマホを机に叩きつけ、疲れたようにこめかみを揉んだ。

「今、大勢の人が会社の前で腐った卵を投げつけてる。予定されていた契約は全て破談。早川エンターテインメント所属の全タレントの仕事がキャンセルされ、今や社員全員が無職だ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?