学校一の美少女が、そこにはいた。
もっとも、今の彼女は美とは程遠い体勢であったが。
「ぁ……ま、ね?」
ん? なんて?
ようやく事に脳が追い付いたのか、大きな目を丸く開きただじっと視線を送る
小さい声で聞こえないが、なにやら口をぱくぱくしている。
かと思えば、不意に俺へと問いを投げてきた。
「…………見た?」
「なに、を?」
「ああやっぱりなんでもない! 説明させないで!」
突然の問いかけに反応できずにいると、桜川は手をばたつかせて続きを切り上げた。慌てて姿勢を正す彼女の表情に浮かぶのは恥じらいではない。恐怖を覚えるように血の気が引いていく風だった。
思わず視線を下に逸らしてみたが、そっちはそっちで刺激が強い……開かれた生足が艶めかしいし、何よりテーブルに隠れたスカートの中身が! あと少しで見えそうなのに!
二つの要素が相まって、なんかイケないことをしている気持ちになってきたので慌てて顔を逸らす。
「なにをしてらしたので?」
気まずい空気を取り持つために問いかけた。
「えっとー。……なんだろね?」
答えになってなんかいないが、そうなるのも理解はできる。
一人でさんざん暴言吐きまくりながらオンラインゲームに没頭しているところを見られたら、ましてあのヒロインがだ。素直に白状することは気が引けるだろう。
しかし、そのまま返されてもこっちが困る。
「それ、スマファイだよな」
大激闘スマッシュファイターズ。
それが桜川のプレイしていたゲームの名前だ。それぞれ特徴のあるキャラを操作して戦わせるファミリーゲーム。世代問わず誰もが一度は通ったことのあるであろう名作。
かくいう俺も、このゲームにはある程度の見識がある。ガチでやりこもうとするとちょっとしたことで叫びたくなるし、客観的には見るに堪えない凄惨な姿を晒すことになるのは、この手のネトゲのプレイヤーとなると一種の風物詩みたいなものだ。
だからこそ、断言できる。桜川ひたち、目の前の彼女は――、
「誰も使わない部屋で、大画面でスマファイのオンライン潜って叫んでた?」
「だー! もういい! それ以上はやめて!」
「自分から聞いてきたんだろ……」
腕を大きく振って俺を抑えようとする桜川に、俺は低い声色で返す。
桜川は一瞬たじろいでから俺の元へ寄ってきて、小さく囁いた。
「……いい? このことは、わたしたちだけの秘密だからね」
秘密。美少女と二人きりの秘密の共有。
これ以上ないほどに理想のシチュエーションだが、それは言葉だけにすぎない。
現に、提案した彼女の表情は鬼気迫っていて、発せられた声色からはロマンスの欠片も感じ取れなかった。ラブコメ的展開なんて発展するはずもない。なんなら口封じデッドエンドの方が近いまである。
ここで桜川を下手に刺激してしまえばどうなるか分からない。それに、考えようによっちゃ、学園のヒロインと親密度を高めるチャンスと捉えられなくもない。
ここは慎重に。目の前の女の子に寄り添ってやるのだ。
「要するに、他の人にバレたくないってことでいいのか?」
「なっ!」
他意などないただの確認に、桜川は肩を大きく震わせた。
ど核心を突かれたのか、必死に手を振り慌てふためく。
「大丈夫。誰にだってだらしない部分の一つや二つあるもんだ。些細なことは気にしなくていいと思うぞ」
「だからっ……あー! 分かった! わたしが悪かったから! お願いだからこのことは内密に!」
口止めに必死である。相当他人に知られたくないようだ。
まあ気持ちも分らんでもない。世の中高生、思春期真っ最中の若人ならば、封印したい黒歴史なぞいくらでもあるだろう。
かくいう俺だって黒歴史なぞ両の手に収まらないほどある。中二病って本当にあるんだよなー。できれば中学時代の知り合いとは会いたくない。
捨て去りたい過去に思いを馳せていると、不意に耳を疑う声色が飛び込んできた。
「まさかこんな所で誰かに見つかるなんて、不覚……! 人前ではゆるふわ美少女キャラで貫きたかったのに」
不覚? 人前? ……なにやら不穏な独り言を呟き始めた桜川。
その後ろ姿に俺はおそるおそる声をかける。
「あ、あのー。なんか色々聞こえてきたのはいったん置いといて。さっきも言ったけど、こんな姿を見られたくらいで桜川さんの評価は変わらないと思うぞ。俺みたいなやつならともかく、桜川さんは人気者なんだし」
「あんたなんかと一緒にしな……あ、ごめん」
ん?
「桜川さん?」
「どうしたのー?」
言い直したみたいになってるけど、ぜんぜん意味ないよ?
つか、なんだこの口調といい態度といい。
俺の知ってる、俺たちの知り得る桜川ひたちと言えば、人当たりは良くて心優しい穏やかでおしとやかな女性だったはずなんだけど。
今目の前にいるコレはなんだ?
「いや、もういいから。誤魔化そうとしなくていいから」
「ごまかす? なんのこと?」
「それ、そういうの」
キャラ作れてねえぞ。あざとさに振りすぎてもはやうざいまである。
「別に他言するつもりはないから、無理してみんなの前みたいに振舞おうとしなくていいぞ。単純にやりづれえしな」
なるべく波風を立てないように、気を使って指摘したつもりだ。
だが当の桜川には受けなかったのか、目の前の笑顔からは深いため息が溢れ出た。
次の瞬間俺の前に現れたのは、全くの別人。皆の知るヒロイン、桜川ひたちとはうって変わって、初めて見る表情の彼女だった。
「……そっか。そうだよね。わたしがあんたみたいな男に下手に出る必要なんかないわよね」
「――は?」
いま、なんて?
この少女は、なんて言った?
その場で固まる俺に対して、なにか振り切った風の彼女は深い息をひとつ、そして春風がなびくように髪を撫でると、小さな顎を俺へと上げた。
予想だにしない言葉に撃ち抜かれ呆然とする俺に、目の前の『彼女』の、冷たく鋭い言葉の刃が突き刺さる。
「なに見てんの気持ち悪い。あんたの視線で皮膚が