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【1-5】 ヒロインのヒミツ


桜川さくらがわさん……?」



 呆然とする俺の前にいるのは、間違いなく彼女――海南うみなみ高校において『ヒロイン』と称される少女、桜川ひたちその人だ。


 そのはずなのだが、今の彼女の姿はそんな偶像とはかけ離れた様子で、似つかわしくない形相で、俺たちの想像など及びもつかない風だった。

 貼り付けられた太陽のような眩い笑みは剥がれ、冷たい眼差しと刺々しい言葉だけが彼女から発せられている。


「あーそう。そうよね。わたしがあなたみたいなのに下手に出る義理なんてないもん」

「うーんそこまで言ったつもりじゃ」

「なに同情したような物言いでアドバイスなんてくれちゃってんの。何様のつもりだって」


  想像以上だな!

 なんだこの変わりようは。素でもいいとは言ったけど、罵倒しろとは言ってねえぞ。むしろシラフでこんな性格の人間の方が珍しいわ。


「べつに、こんな所を見られても、意外性で逆に好感度が上がるから対して気にしてないわよ」


 否定はしない。

 彼女ほどの人間ならば、どんな欠点でさえも魅力に感じてしまうのはよく理解している。完璧に見える人間の意外と抜けてる一面を知って親近感が湧いたり。ようするにギャップ萌えってやつだ。

 だが。今の俺はそんなもの霞んでしまうほどに意外すぎる現実に直面しているのだ。



「はあぁ〜。なんだか動揺してた自分がバカみたい。恥ずかしくてまともに生きていけないわ。これはもう失態を晒した責任をとって指を詰めた方がいいわね。あ、でもこの程度のことでわたしが傷つくのは納得できないし……ねえあんた。ちょっと小指出してくれない?」

「ストぉップ! 待て待て待て!」

 暴走気味の桜川を両手で制止する。

 情緒の移り変わり激しすぎるだろ。自己避難に陥ってると思ったら俺に矛先が向いてるし。


「なにを躊躇しているの? わたしのために体を張れるんだから光栄に思いなさいよ」

「だからなんで上から目線なんだよ! どこの時代の貴族のお嬢様だお前は」

 俺の反発をまるで予想もしていなかったのか、桜川は理解不能、といった難しげな表情を浮かべている。


「だって、わたしを前にしているのよ? この学校の男はみんなわたしのことが大好きで、わたしのために手となり足となり、犠牲になることも厭わない従順な愚民どもじゃないの?」

「すげえ歪んだ思想をお持ちのところ恐れ入りますが、全員が全員お前に尽くすと思ったら大間違いだからな!」

 何人かはいるんだろうな、たぶん。そこは否定できないのがタチの悪いところだ。


 最初こそ今までの印象と違いすぎて呆気にとられたものの、ここまで不用意に尊厳を踏みにじられては俺としても黙ってはいられない。

 少し反撃してもばちは当たるまい。


「ふっ、その証拠は?」

 鼻で笑うつもりで問いかけてきたのだろう桜川の言葉に、同じように返してやる。

「少なくとも俺は違う」

「あっそ。ならいいわ、これからはあんた以外の男はわたしの従順なしもべということにして生きていくから」

「そうかよ。それはてめーで勝手にどうぞ」


「そもそも、あんただれ? あんた一人が消えたところでわたしにはなんら影響しないんだけど。あんたは無ね、無人間。はじめからそこになかったのと変わらない。かわいそうなひと」

「んだとこのアマ! 黙って聞いてれば、このことを学校中にばら撒いてやってもいいんだぞ!」

「やれるもんならやってみなよこの意気地なし! 大した度胸もない生意気な童貞のくせに!」

童貞ソレは今関係ねえだろ! どっちが生意気だ!」


 だめだ、こいつきらい!

 内容からは目を瞑るとして、とても高校二年生男女らしからぬ口論の様子がそこには繰り広げられていた。

 つか、仮にも美少女が童貞とか大声で発するなよ……――ってか決めつけてんじゃねえよ。



 ぎゃーぎゃーわーわー騒いでいると、いつのまにか入り口に一つ増えた人影から声がかけられる。

「入るぞー。……お前らなにやってんだ」


「「先生! 聞いてください!」」「こいつが!」「この人が!」


 一人ではいたたまれなくなって廻戸はさまど先生にパスを出そうと目の前の女を指さした。すると、当の彼女も俺の方を指図していたため、お互いそれが妙に鼻についたので睨みあう。


 がるるるると犬のように対峙する俺たちであったが、その様子が廻戸先生にはじゃれ合いにでも見えていたのか、憐れみを含んだ笑みを一つ浮かべ、俺たちの肩へぽんと手を置いた。


「とりあえず落ち着け。お前ら二人とも、らしくないぞ」

「いやいや、俺は見ての通り冷静沈着ですよ。ただ目の前のこいつが暴れだしたんで落ち着かせていただけです」

「急に怒鳴りだしたのはそっちでしょ。人に罪をかぶせて情けなくないわけ? この犯罪者! 社会不適合者! 童貞!」

「だからそれは関係ねえだろうが!」

 再びいがみ合う俺たちを見て、廻戸先生はただ一つ。


「いっ⁉」


 俺の脳天に手刀を繰り出した。

「~っなにするんですか! けっこう痛い……」

「お前らこそ、人の話を聞け。お前たちのことを賢いと判断していた俺は間違っていたのかな?」


 言われて、俺は仕方なくおし黙る。横で桜川が「ぷーくすくす。お前だけ怒られてやんの」みたいなにんまり顔を浮かべているが、そんなもん無視だ。俺は怒りを押し殺し、拳を強く握りしめた。



「てか、なんで先生が?」

 いったん頭を冷やした俺は(痛みで熱くなっているが)、単純な疑問を先生に投げた。この状況から察するに桜川も同じ立場にいるらしく、俺に続くように訝し気な視線を送っている。


「ちとお前らに話があってな。……だがその前に、だいたいお前ら、そんなになるまで仲良かったのか」

「「いやぜんぜん」」

「妙な所で息ぴったりだな」

 ため息を一つ吐くと、先生は会議用テーブルへと腰かけた。



「で、どういうつもりですか?」

 部屋を見渡すに、俺をここに呼び出した理由は何か別の意図が隠されているんだろう。

 廃校舎の物置部屋。どんなガラクタで溢れているかと思いきや、丁寧に配置されたテーブルに椅子、ホワイトボードに映像授業用のモニター。教室……か?


 きっと、この部屋に俺たちを招集することが目的なのだろう。というよりは過程。

 本当の目的は、今から語られる。



 廻戸先生は咳ばらいを一つすると、俺たち二人を交互に見たのち、開口した。

「本題に入ろう。お前らをここに呼び出した理由だが、新たな『課題』を与えようと思ってな」


 課題。

 口ぶりからするに、数学の宿題なんかじゃなさそうだ。

 ならばその言葉が意味する内容はひとつ。俺が先生からふだん請け負っている、暗躍している依頼だ。


「ちょっと待ってください。『課題』っていったら……」

「そう急ぐな天川。全部説明してやるさ」

 俺の疑問はお見通しだと。そんな風に言う廻戸先生だが、その発言は一つの真実を意味する。

 桜川がここにいる理由。こいつを前にして『課題』のことを話すということは。


「今回は今までとは一味違うぞ。一つの大きな『課題』を二人で解決してもらう」

「てことは、桜川も……」

「ああ。俺の依頼を密かに受け続けてきた」


 なるほど、これで俺の疑問は一つ解消した。

 俺だけでなくこの女も、廻戸先生による『課題』を解決せんため工作していたというのだ。予想だにしなかった事実だが、不思議とショックを受けたりだとかはしなかった。


「でも、なんだって急にそんな」

「急なものか。こうして一年間、お前たちに素質があるか見極めてきた。頃合いだと判断したまでだ」

 素質、頃合い。いずれも俺たちには想像も及ばない単語だけが並べられていく。

 この小さな部屋の中で、廻戸先生だけが事情を把握している。


「素質っていうのは?」

 その疑問に開口したのは桜川だ。

 状況としては俺も桜川も同じようなものだろう。その状態に不満を抱いていそうな様子でいる。


 ねぶるような問いに先生は答えた。

「ああ。その素質というのは、即ち問題を解決する力だ」

「いや、意味分からんのですけど」

 俺のつっこみに桜川も無言で頷く。


「詳しく言えば、他者とのコミュニケーション、柔軟な判断力、そして影響力――そういった人間関係で巻き起こるトラブルを解決するための能力だ。俺は一年間、お前たちからそれを見出してきた。お前たちの素質がこの学園に通用するか、見極めてきた」


「はあ。つまりなんですか、俺たちがまともに学校生活を送れるか監視してたってわけですか?」

「失礼ね。あんたはともかく、わたしは友達もいるしまともに学校生活を謳歌してるわよ」

「失礼はお前だ」

 なんで友達がいないに話が飛ぶんだよ。俺はなんなら友達は多い方だぞ。


「ともかくだ。俺の主観でお前たちを評価してきたわけだが――――二人とも、合格だ」

 突然の合格通知。

 俺たちの反応を待たず、先生は続ける。


「俺はこの学校をより良くしたいんだよ。だからそのために、お前たちにこの学校で起こる問題を解決させてきた」

 いま判明したことといえば、桜川ひたちが俺と同様に、廻戸先生のもとで暗躍していたという事実。


 それについて俺の所見を述べるとするならば、納得だ。

 こいつほど優秀な生徒ならば、どんなトラブルも自然と対処してしまえるだろう。それも円滑に、円満に。


「より良く……って、どうするつもりですか。このまま起こったトラブルを俺たちに対処させ続けると?」

 パッと思いついただけだが、廻戸先生ならやりかねない。


 しかしそんなやり方じゃその希望は叶えられない。対症療法、問題が発生してから解決に当たるんじゃ、同じ応酬の繰り返しだ。それでこの学校を良くしようだなんてのは綺麗事にすらならない。

 桜川もその可能性に眉をひそめている。



「まさか。そんなバカげたことするか。もっと単純なやり方――問題の原因を、根本から根絶やしにする」

 根絶やしに。

 見当もつかない俺たちに、聞き慣れた言葉を以て廻戸先生は問いかけてきた。



「『学園法』は知っているな」

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