学術協議発表会は、滞りなく終わった。
白亜の講堂に響いた拍手は、どこまでも温かいものだった。
壇上に立つ三人――ユリウス・フランツ・シュタール、エルザ・グラーツ、そしてマルガレーテ・ベルクヴァイン。
彼らは緊張しつつも堂々とした態度を保ち、それぞれの役割を果たし切った。
ユリウスが議論を主導し、王子としての威厳と論理性を示す。
エルザがそれを見事に継ぎ、特待生としての実力と説得力を証明する。
そしてマルガレーテは、細やかな補佐を怠らず、要点の整理や資料補足を絶妙な
全員が、それぞれにとって最も輝ける場所で輝いた。
客席の最前列。
そこに座るフィロメーラ・ベルクヴァインは、真っ直ぐに手を叩いていた。
惜しみない拍手だった。
心からの称賛と安堵、そして深い誇りが込められていた。
(……見事だったわ、三人とも)
中でも、マルガレーテの姿にフィロメーラは目を細めた。
派手な役ではない。けれど、彼女にしかできない支え方があった。
決して目立たず、それでいて欠けてはならない存在。それが今の彼女だった。
発表が終わり、三人が一礼をして壇を下りる。
講堂の扉が開かれ、生徒たちがぞろぞろと外へ出ていく中、フィロメーラはそっと立ち上がった。
「お姉さま!」
マルガレーテが駆け寄ってくる。
顔は少し紅潮していて、目はきらきらと輝いていた。
「どうだった?
「ええ、とても良かったわ。完璧だったとは言わない。でも、貴女があそこにいたことが、全体を整えていたわ。ユリウス殿下とエルザ嬢も、きっとそう感じているはずよ」
マルガレーテはぱあっと笑顔になり、息を吐いた。
「よかった……本当に、よかった」
その肩越しに、エルザとユリウスが近づいてくる。
エルザは落ち着いた様子ながらも、どこか達成感を滲ませていた。
「フィロメーラ先輩、お褒めいただきありがとうございます。マルガレーテさまが居てくださらなければ、私はあそこまで自信を持てなかったと思います」
「それは私の台詞です」
そう返すマルガレーテに、エルザが小さく笑う。
その様子は、以前の張り詰めた空気とは打って変わって、柔らかく自然だった。
フィロメーラは二人のやり取りを見つめながら、心の中でそっと息をついた。
(そう。これでいいの)
未来は、変えられる。
物語の定めに縛られずに――自分たちの手で、選び取ることができる。
「フィロメーラ嬢」
呼びかけたのは、ユリウスだった。
彼は珍しく視線を逸らさず、まっすぐ彼女を見つめていた。
「……ありがとう。貴方の導きがなければ、僕たちはここまで来られなかった。そう、思っています」
思いがけない言葉に、フィロメーラは小さく目を見開いた。
「とんでもないことですわ。私は、ただ……姉として、先達として。当然のことをしたまでです」
それでも、彼の眸に浮かぶ感謝の光は揺らがなかった。
「それが、貴方の強さです。貴女が居てくれたから、今の僕たちがある。僕はそう信じています」
その時、マルガレーテがくすぐったそうに口を挟んだ。
「ねぇ、殿下。あまり褒めすぎると、お姉さまが恥ずかしがりますわ」
「……おや、それは君らしくない台詞だね。妬いてくれているのかな?」
笑い声が
フィロメーラはその中に身を置きながら、ほんの少しだけ、自分の肩の荷が軽くなった気がした。
けれど、空はまだ明るくても――陰は、いつだって忍び寄ってくるものだ。
(この“平穏”を、そう簡単に手放させはしない)
ふと、講堂の片隅で誰かの視線を感じた気がして、フィロメーラは微かに眉を寄せた。
だが、次の瞬間にはそれも消えていた。
新たな火種の兆しは、まだ遠くで
けれど今は、それを考える時ではない。
今はただ、彼らの笑顔を胸に焼きつけておこう――
未来を変えられると信じられるこの一瞬を、何よりも大切にするために。