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第2話 思いがけない展開


藤原遥は頭の中でいくつもの対処法を思い描いていたが、藤原知世が再び口を開いた。


「あなたに関係ないでしょ?」

「誰もお前になんて構ってないよ。自意識過剰なんじゃない?」と藤原光がさらに不機嫌そうに返す。

明らかに知世に向けられた言葉だった。


遥は戸惑う。

(え? 全然想像と違う……)

もしかして、この兄妹、仲が悪いの?


「遥がやっと帰ってきたんだから、二人とももうやめて。彼女を怖がらせたらどうするの」と藤原美智が二人に注意する。

藤原光は小さく「はい」と答え、大人しくなる。

一方、知世は納得いかない様子で口を尖らせる。


「お母さん、遥はあなたの大事な娘で、私は違うの?みんな平等にって約束したじゃない」

「知世、わがまま言わないの」と藤原健介と美智は頭を抱える。

生まれた娘には長い間申し訳ない思いがあり、育てた娘にも深い愛着がある。どちらも大切な存在だ。

だが、ついに懸念していた場面がやってきた。

どちらかに我慢させるなら、今回は知世に譲ってもらうしかない。


「どうして私がわがままなの?先に怒ったのはお母さんでしょ」と知世は不満げに言う。以前は美智に甘やかされて、きつく叱られることなどなかった。


「ごめんね、お母さんが悪かったわ」

そう言って美智は何かを思い出したように知世をなだめ、その後遥に向き直る。


「遥、こちらが知世よ。あなたがいなくなったとき、家族で必死に探したけど見つからなくて……寂しさのあまり、知世を迎え入れたの」

「二人とも藤原家の大切な娘。これからは仲良くしてほしい」と健介も続け、遥の表情を慎重に伺う。

普通なら、本来自分のものだったはずの人生を他人が送っていたと知れば複雑な気持ちになるものだ。

たとえ遥が戻ってきても、知世を手放すことはできない。

一番良いのは、姉妹として分け隔てなく仲良く暮らすことだろう。


遥が特に不満を見せないのを見て、健介はほっと胸をなでおろす。


「うん、分かりました」と遥が素直に答えると、両親はますます彼女を気に入った様子だ。


「ふん」と知世は頑なに顔をそむけ、不満を隠そうとしない。

健介と美智は目を合わせ、話題を変えることにした。


「さあ、もう立っていないで。遥も長旅で疲れてるだろうし、お腹が空いたでしょ。食事にしましょう」

すでに和食のご馳走がテーブルに並んでいる。遥の好みが分からず、いろいろと用意していた。


「“遥”」という親しみのある呼び方に、遥は少し戸惑いを覚えたが、何も言わずに席に着いた。


食卓に全員が揃う。

遥がなかなか箸をつけないのを見て、美智が優しく声をかける。

「遥、家ではそんなに堅苦しくしなくていいのよ。気楽にしてね」

藤原家は日本でも有数の財閥で、しきたりも厳しいが、遥の事情を考えて特別に配慮していた。


そこへ知世が皮肉っぽく口を挟む。

「お姉さん、もしかして基本的なテーブルマナーも知らないんじゃない?恥をかくのが怖くて食べられないんでしょ?佐藤さんに教えてもらったら?」

佐藤さんは藤原家の女中頭、佐藤執事の妻だ。


「知世!」と美智が厳しく睨む。

遥が苦労してきたことを分かっていながら、わざと傷つけるようなことを言う。


知世は反発する。

「事実でしょ?言っちゃいけないの?貧しい所で育った人間が、こんな贅沢見たことある?」

「いい加減にしなさい!」と健介が箸を強く置き、知世を叱りつける。「食べたくないなら部屋に戻りなさい!」

「食べないからいい!」と知世は本気で怒って席を立つ。


美智は申し訳なさそうに遥に頭を下げる。

「遥、知世は普段こんな子じゃないのよ。今日どうしちゃったのかしら……気にしないでね」

健介も低姿勢で謝る。

「私たちの配慮が足りなかった。知世は本来、もっと分別のある子なんだ……今日のことはきちんと叱っておくよ」

「遥、あんなの気にしなくていいよ、あいつ本当に性格悪いから」と光も嫌そうに言う。


遥は気を遣いながらも笑顔で答える。

「お父さん、お母さん、お兄さん、そんなに気にしないでください。私が突然帰ってきて、知世が不満に思うのも当然だと思います」


あまりにも出来た子で、両親は胸が痛んだ。


「本当に君の居場所なんだよ。甘やかしすぎた私たちが悪かったんだ」と二人はため息をつく。


遥は少しだけ箸を進め、そっとスマートフォンを取り出す。いつも使っているメッセージアプリを開き、ひときわ変なアイコンの「アルキメデス」という名前をタップする。


遥:「あなたの“攻略法”、全然役に立たなかったわ。お金返して」

出発前に、数えきれないほど“偽の令嬢”ドラマのパターンを詰め込まれたのに。


孤軍奮闘の覚悟はできていた。

だが知世以外の家族は意外に好意的だった。


アルキメデス:「そんなはずないぜ!あれは俺が厳選した秘伝なんだぞ!で、その小悪魔はどんな罠を仕掛けてきた?俺が分析してやる」

遥:「罠なんてなかった」

知世は彼女への嫌悪感を家族の前でも隠そうともしなかった。


アルキメデス:「そんな馬鹿な!資料によると、あいつは絶対腹黒のはずだろ。なんで何もしない?」

遥:「何もしてないけど、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、みんな私の味方だった」

アルキメデス:「完全に想定外だろ、それ?」

遥:「私が聞きたいくらいよ」

遥も困惑していた。


アルキメデス:「家族に何か裏があるに違いない!絶対何か仕掛けてくるぞ!」

遥:「役に立たないわね」

そう送信すると、遥はこのアカウントを一時的にブロックした。


ふと顔を上げると家族の視線が遥に集まっていた。


光が興味津々で尋ねる。

「遥、そのスマホ、どこのメーカー?見たことないデザインだな」

「友達が開発したものなの。まだ市販されてないの」と遥は素直に答える。


家族はそれ以上詮索せず、珍しい機種だと受け止めた。

過去のことも、今は聞かない。いずれ本人が話したいときに聞けばいいと考えていた。

きっと辛い思いをしてきただろうから、これからはその分も大切にしてあげたい。


「遥、ご飯は足りた?部屋を見に行きましょう。お父さんとお母さん、それにお兄さんからもプレゼントがあるの」と美智が声をかける。

みんなで階段を上がる。


「お兄さんたちは4階、遥と知世は5階よ。5階の部屋は好きなところを選んでいいわ。明日、好みに合わせて模様替えしましょう」

「ありがとう、お母さん」



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