目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第3話 家族の波紋


藤原遥が五階の部屋を見て回ろうとした瞬間、一つの扉が不意に開いた。藤原知世がドアに寄りかかりながら、手で周囲を指し示す。


「ここは私専用の音楽室。あっちは書斎、棋室とアトリエは向こうよ……。それと、部屋を選ぶなら私から離れたところにして。うるさいのは嫌だから。」


そう言い終わると、知世は勢いよく扉を閉めた。


遥はしばらく閉ざされた扉を見つめていた。養女でありながら、正真正銘の藤原家の娘が戻ってきた今も、これほどまでに遠慮がないとは、どれほど大切にされてきたかが窺える。


遥は少し肩を落とし、「お父さん、お母さん、知世さんはやっぱり私のことが苦手みたい。客間に移りましょうか?」と控えめに言った。


「そんなことは絶対にダメよ!」美智はきっぱりと言い切った。「知世のことは気にしなくていいわ。好きな部屋を選びなさい。後で私たちからちゃんと話しておくから。」


遥はその言葉に従い、適当に一つの部屋を選んだ。


父母や兄たちが用意してくれた高価な贈り物や、何百万円も入ったカードも、遥は素直に受け取った。

お金はいくらあっても困らない。


夜になると、健介と美智は本当に知世の部屋に行き、しっかりと叱った。


その間、遥は屋敷内を一人で歩きながら、藤原家の環境を確かめていた。


三階の南側にあるメインバルコニーまで来ると、涼が欄干にもたれ、夜の景色を静かに眺めていた。月明かりが彼の涼やかな横顔を浮かび上がらせている。


遥はそっと近づき、静かに声をかけた。「涼さん、何を考えていたんですか?」


涼が振り向く。その眉に一瞬驚きがよぎる。遥は屋敷に来てからずっと控えめだっただけに、自分から話しかけてくるとは思っていなかった。


涼は表情を和らげ、「別に、ちょっと風に当たっていただけだよ。どうかした?」と柔らかく答える。


「知世さんのことが気になって……。彼女と光さん、仲が悪いんですか?」遥は続けて聞いた。光だけでなく、知世が両親に叱られている時も、雅人さんや涼も特に口を挟まなかった。


「まあ、あの二人は確かにぶつかることが多いけど、結局はじゃれ合ってるようなものさ。」


「どうしてですか?」遥は素朴な疑問を口にした。


涼は小さく笑い、「ちょっとした話だよ」と前置きし、理由を説明した。「君がいなくなった直後に、両親が知世を引き取ったんだ。それが気に入らなかった光と、知世はずっと張り合っててさ。些細なことで何日も喧嘩するほどだよ……。」


最後に「まあ、家の中だけの話だけど」と付け加えた。


遥は思わず笑みをこぼした。光と知世、その名前だけでも十分に面白い。


「それで、私はこれから皆さんとどう接すればいいですか?」


涼は少し驚いたように口を閉ざし、やがて静かに言った。「無理に気を遣う必要はないよ。ここは君の家なんだから、自然体でいてくれればいい。藤原家は君に多くを負っている。大きな問題さえ起こさなければ、僕たちはできる限り君を守る。でも、家の事情も複雑で争いも絶えないから、重要な場面では僕たちの指示に従ってほしい。僕らもできるだけ君を守るけど、そのためには協力も必要なんだ。」


遥は胸の内で静かにうなずいた。「ありがとう、涼さん。よく分かりました。」


短い会話を終え、涼は先に部屋へ戻る。


遥は一人、手すりにもたれて夜空を見つめていた。その表情は落ち着いていた。


藤原邸の警備は思っていた以上に厳重で、家族も誰一人として油断ならない。


家族が彼女に見せているのは、ごく一部分に過ぎない。


でも、それでいい。


涼が言った通り、皆が自分を守ってくれるのなら――

自分は素直に「良い娘」を演じて、静かにこの環境を楽しめばいい。


――


知世の部屋。


健介と美智は真剣な面持ちで口を開いた。「知世、今日はいつもと様子が違ったわね。遥のことは本当の姉のように接すると約束したはずだけど、あれは嘘だったの?」


知世は落ち着いた態度で二人にお茶を淹れる。


「お父さん、お母さん、心配しないで。彼女はあなたたちの実の娘、私が何かするつもりはありません。でも、家の中で誰かが悪役を引き受ける必要がある。姉さんが帰ってきて、今は一番不安な時期でしょう。私が少し厳しくすれば、あなたたちは彼女を庇える。そうすれば、彼女はもっと早くあなたたちを頼れるようになるはず。ついでに、戻ってきたからといって全てがうまくいくわけじゃないと、警告もできる。彼女は優しすぎて、この家で生きていくには向いていません。」


知世の瞳は深く、静かな決意が滲んでいた。遥の前で見せるわがままな姿はそこにない。


彼女の言葉通り、遥に対して悪意はなく、自分自身の立場もよく理解している。本当の娘がいつか戻ってくることも、ずっと予想していた。


藤原家は普通の名家とは違い、利益が全てを支配する。


無意味な愛情争いには興味がなく、力を手に入れなければ生き残れないことも知っている。これまで積み上げてきたものが、突然現れた遥に脅かされることもない。両親も彼女を大切にしてきたのだから、簡単に切り捨てることはしない。


遥はせいぜい家の「マスコット」くらいで、自分の地位を脅かす存在ではない。


健介と美智は目を合わせ、ため息をついた。


「彼女のような性格は、本当に藤原家にとってかけがえのないものよ。私たちが彼女を守り、危険から遠ざけることができる。彼女はずっと大切にされるお姫様でいるべきなの。それが私たちの願いだ。」遥に初めて会った時から、自然と愛しさが湧いた。控えめで誇り高く、俗っぽさもなく、豪邸に来ても物怖じや欲深さは一切見せなかった。なぜ貧しい環境でこれほどの性格が育つのかは分からなかったが、深く追及することもなかった。藤原家の血筋なら当然なのかもしれない。


「分かったわ。知世にはいつも通り任せる。もう何も言わない。」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?