目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 注目の的


翌朝、両親と三人の兄たちは早くから家を出ていった。皆それぞれ多忙な身であり、昨日一日をそろって彼女のために空けてくれたのは、最大限の配慮の表れだった。今日は溜まった仕事を取り戻さなければならない。


こうして藤原遥の世話は、藤原知世に任されることになった。


出発前、両親と兄たちは申し訳なさそうに遥へ事情を説明し、「今日は本邸の敷地内だけで過ごすように」と言い含めると、何かあれば知世か執事の佐藤に相談するよう言い残し、それぞれ出かけていった。


知世は明らかに不満げで、遥にも素っ気ない態度を取る。彼女とて暇人ではない。やるべきことが山積みなのに、なんで“お守り”みたいなことをしなくてはならないのか。


「お姉さんさ、部屋に大人しくしててくれない?用があっても私を呼ばないで。こっちも忙しいんだから。」


「でも、お父さんたちから頼まれたよね。私のこと、ちゃんと見てくれって。」


「見てくれ?もう大人でしょ、なんで私が見張らなきゃいけないの?」


「じゃあ……ちょっと自分で敷地を見て回るだけ。」


「だから、部屋で静かにしててよって言ってるでしょ?勝手に動き回らないで。」


「だって、知世が一緒にいてくれないとつまらないじゃん。」


知世は冷たく笑った。「本当に私と一緒にいたい?私に殺されるかもって思わないの?そうなったら私が両親の唯一の娘になるけど。」


遥は人懐っこい笑みを浮かべる。「両親が安心して私を任せたんだから、私が怖がる理由なんてないよ。」


知世は意味深な目で遥を見つめ、「案外頭は回るみたいね……でも、無駄よ」と呟き、そのまま立ち去った。


遥はその背中を見送り、何やら考え込む。


部屋にじっとしている気はなく、屋敷の構造をざっと把握した後、執事の佐藤を訪ねて藤原家のことについて尋ねることにした。


帰ってくる前に一通り資料には目を通していたが、藤原家が自分にどこまで情報を開示するのか確かめたかったのだ。


佐藤の返答は曖昧で、どれもネットで調べれば出てくるような表面的な内容ばかり。少しでも込み入った話題になると、短くはぐらかすか、「お嬢様、今それを知る必要はありません。知りすぎはご自身のためにもなりません」と断られてしまう。


一通り聞き終え、遥は自室へ戻った。


目を閉じて休みながら、佐藤の話を頭の中で整理する。


藤原家は日本随一の財閥であり、本部は東京金融街の中心、帝国センタービルにある。明治末期、初代当主・藤原鴻峥が横浜の港で事業を興し、海運業で基盤を築いた。その後、三井銀行の一人娘と結婚し、金融資本を得て急成長した。


その後、二代目・藤原柏川が海運から多角経営へと拡大、エネルギーや不動産にも進出。一方、弟の柏山は権力争いに敗れ、「海鳴興業」という別会社を立ち上げ、本家に敵対し、海外財閥と手を組んで藤原家の弱体化を画策した。


三代目の父・藤原健介は伝説的な実業家であり、現会長。母の美智も住友財閥の出身で、現グループCEO。夫婦で中枢を握り、他の財閥からも一目置かれている。


三人の兄も皆優秀で、それぞれの分野を任されている。


そして、特に力を入れて育てられた知世は、藤原家の“顔”とも言える存在。あらゆる教養と社交術を身に付け、東京の名門令嬢たちの間でも大きな影響力を持ち、家に莫大な利益をもたらしている。


また、海外事業を任された叔父・達也もいるが、自由奔放な性格で家督争いには興味がない。


こうして見ると、広い藤原家の中で、何も役割のない“余り者”は自分だけのようだ。


――プレッシャー、なかなかのものね。


遥は目を開け、スマホを手に取った。東京の経済界の掲示板では、彼女の帰還が最大の話題となっていた。


藤原家の本家長女が戻ってきた――このニュースに、上流社会は大騒ぎだ。


多くの人々が藤原家、そして彼女自身に注目している。


特に、藤原知世とどう関わるのかが最大の関心事だ。


なにしろ彼女が現れるまでは、知世の立場は揺るぎないものだった。今になって本来の“正統”が戻れば、波風が立たないはずがない。


しかも、その“正統”はスラム育ち。血筋だけで知世を上回ることになる。


比較は避けられない。


藤原家の人々が二人にどう接するかも、世間はじっと見ている。


多くの家にとって、遥は知世よりも“切り崩しやすい”存在であり、接触のチャンスだ。


同じく注目を集めているのは九条家。


九条家は藤原家と並ぶ、東京でも指折りの老舗財閥だが、やや控えめな存在。藤原家が海運と裏の事業に強いのに対し、九条家はテクノロジーと金融の融合型。


両家の関係は時に親密、時に冷淡。現当主世代では、互いの利益を最大化するために政略結婚が決まっている。


ただし、九条家は跡取りが二人しかいない。


だからこそ、遥が女児と分かった瞬間、両家はすぐに婚約を決めた。だが、それを危険視した誰かが、彼女を誘拐して結婚話を潰そうとしたのだ。


行方知れずとなった遥の代わりに、慎重な選考を経て知世が養女となった。


知世もよくやり、長年の間に九条家の“未来の花嫁”として認められてきた。


だが、遥の帰還ですべてが変わる。


この婚約はどうなる?誰と誰が結ばれるのか?


いずれにせよ、巨大な利権争いは避けられない。


――考えるほど、おもしろいじゃない。


そんな時、不意に電話の着信音が鳴り響いた。


画面を見ると、昨日ブロックした「アルキメデス」からだった。遥は出る気はなく、チャットアプリでブロック解除だけして、メッセージを送る。


遥:「?」


アルキメデス:「姐さん!今度は15時間31分06秒もブロックされてました!」


遥:「……」


アルキメデス:「姐さん、進捗どうです?手が要るならすぐ行きますよ!」


遥:「邪魔しないで。」


アルキメデス:「そんな冷たくしないでくださいよ!ネットで噂が広まってるから、応援しに来たのに!」


遥:「結構。」


アルキメデス:「婚約相手、あなたが帰ってきたって知って、夜通しで帰国したらしいですよ。」


遥:「ふーん。」


アルキメデス:「姐さん!グループの連中、誰も彼女いないんです!先に結婚しないでくださいよ、せめてあの義妹に譲って!」


遥:「調子に乗ってる?私のことに口出ししないで。」


メッセージのやりとりが終わらぬうちに、部屋のドアがノックされた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?