藤原遥は返事をせず、知世に問いかけた。「知世、どうして九条家の御曹司が気に入らないの?」
知世は鼻で笑い、口元に誇らしげな笑みを浮かべた。「私は強い人しか興味がないの。あの九条家の坊ちゃんなんて、申し訳ないけど、私のタイプじゃない。」
藤原家の人々はそんな知世の様子に慣れっこで、外ではもう少し控えめにしてほしいといつも思っていた。
遥は少し眉を上げて言った。「坊ちゃんって、そんなにひどいの?」
知世は笑いながら話し始めた。
「九条家には二人息子がいるの。長男の九条森は、表向きはいわゆる御曹司として一目置かれてるけど、裏では散々な言われようよ。東京中に名の知れた問題児で、遊びにかけては天才的。『夜の帝王』なんてあだ名まであるんだから。」
「13歳で限定のスーパーカーを27台も持ってて、どれに乗るか悩んだ挙句、ガレージを回転式の展示台に改造したの。でもシステムが故障して、7、8台が大破。保険会社からも出入り禁止になったのよ。」
「14歳の時は自家用ジェットがビジネスっぽいって文句を言って、ストリートアーティストに頼んで機体中にドクロのペイントをさせたせいで、家の人が大事な会議に飛行機を使えなくなって、結局普通の航空便で行く羽目になった。」
「15歳で仏間に正座させられて反省文を書かされた時も、ご先祖様の位牌の前にフィギュアをずらっと並べて、『ご先祖様も退屈でしょう』なんて言い訳してた。」
「16歳でパーティーのサプライズにって、密輸したホワイトタイガーの子どもを連れてきたんだけど、子虎が暴れてゲストに怪我をさせて、動物保護団体が乗り込んできて、結局九条家が動物園を寄付することになったの。」
「17歳の時は匿名で『九条不動産が破綻する』なんて書き込みして株価が暴落、契約が危うくなって、家の口座を凍結された途端、今度は家のスキャンダルを週刊誌に売ってお金にしてた。」
「18歳でグループの会議を傍聴してた時は、ブルートゥーススピーカーで『お金が入りますように』なんて曲を大音量で流して、財務報告を妨害して一時的に相続人の資格を外されたことも。」
「19歳で家の資金を勝手に使ってクラブを開いて、『九条の墓』なんて名前で、オープンの時には神主を呼んで『父親の運気を潰す』ってお祓いまでさせたけど、営業許可がなくてすぐに閉鎖されたわ。」
「20歳でとうとう家も我慢の限界で、海外に追い出されたの。もう3~4年経つけど、最近帰国するって噂を聞いたわ。」
「まだまだ御曹司の伝説は山ほどあるけど、遥お姉ちゃん、もっと聞きたい?」
知世がにこやかにそう言うと、遥は思わず苦笑いした。本当にすごい人物だ。
「息子が二人いるのに、長男がそんな調子なら、次男を後継者にしないの?」
「次男の明は体が弱くて、そもそも家を継ぐ気もないの。いつも兄さんの尻拭いばかりしてて気の毒なくらい。」
遥はうなずいた。これを聞けば、藤原家の皆もこの婚約は無理だと感じてしまう。
「遥、知世、父さんと母さんにも少し時間をちょうだい。うまく縁談を断る方法を考えるから。」
遥は素直に頷いた。「分かりました。」そして興味深そうに雅人の方へ向き直った。「私と知世の縁談は一旦保留で、雅人さんは?未来のお嫁さんは決まってるの?」
雅人は少し咳払いして答えた。「縁談の相手はいるよ。」
「本当に雅人さんの好きな人じゃないの?」
「藤原家に生まれた以上、自由にはならないさ。」雅人は淡々と答えた。
「じゃあ、涼さんは?」
「好きな人がいる。」涼の声は冷ややかだった。
「光さんは……」と言いかけたところで、光が割り込んだ。「遥、芸能界で恋愛なんて絶対ダメだよ。雅人さんや涼さんもいるし、急ぐ必要ないでしょ?」
「分かったよ。」
翌朝、遥が起きると、大きな屋敷には家族の姿がなかった。
「佐藤さん、知世は家にいないの?」
「お嬢様、知世様は今お支度中です。もうすぐ出かけられます。」
「どこに行くの?私を誘ってくれないなんて。」遥は不満そうだった。
その時、知世の部屋の扉が勢いよく開いた。「そんなに大きな声で言わないでよ。」すでにきっちりと着飾った知世が出てきた。「私が行く場所は普通じゃないの。どうしても来たいならいいけど、迷惑かけないでよね。」彼女は鼻で笑った。
遥は困ったように佐藤を見た。「奥様、知世はやっぱり私のこと嫌いみたい。」
知世は「は?」と呆れた表情になり、思わず拳を握りしめた。
「なんなのその言い方。まるで私がいじめてるみたいじゃない!」そう言いながら部屋のドアを蹴飛ばし、メイクチームに遥の支度を指示した。「もし泣かされても私のせいにしないでよ!」そう言ってクローゼットでドレスを選び始めた――幸い新しいオートクチュールが山ほどあった。
一時間後、二人の令嬢が屋敷を出発した。前後を警護車両が固め、その堂々たる行列に誰もが目を見張った。
道行く人たちがざわめく。
「すごい!藤原邸の紋章だよ!皇室の内親王でもここまでしないよ!」
「あれだけ派手なことができるのは、藤原家のお嬢様たちくらいだろうね。」
「また一流のパーティーでもあるのか?私たちには噂さえ届かない世界だ。」
「本物の藤原遥さんが帰ってきたって聞いたけど、何か面白いことが起きそうだね!」