車列は堂々と東京北郊の雲頂山にある「雲鏡軒」へと到着した。ここは藤原家が所有するプライベートな邸宅のひとつだ。
藤原知世が18歳の成人を迎えた際、両親である藤原健介と美智からこの邸宅を贈られた。それ以来、ここは東京の名家の子息や令嬢たちが集い、遊びに興じる定番の場所となっている。
敷地自体はそれほど広くないが、贅を尽くした造りだ。正門には複数の隠しカメラが設置されており、来客の顔認証を行い、データベースと自動照合される。一般の者が気軽に足を踏み入れることはできず、常連客であればスムーズに入館できる。特別な来客があれば、邸宅の管理責任者が自ら出迎えるのが通例だ。
知世が到着すると、スタッフ全員が手を止めて入口に整列し、丁重に迎え入れた。
遥はそんな知世の後ろに付き従い、堂々と豪華絢爛なエントランスに足を踏み入れる。
バロック調のホールは、床に輸入もののアンティークな鏡面タイルが敷き詰められている。クリスタルのシャンデリアの下、機械仕掛けの振り子時計が揺れ、そのたびにスマートテーブルの料理が自動で切り替わる。眼に映るものすべてがきらびやかで、まるで異世界に迷い込んだようだ。
主催者である知世はまだ早く到着したため、ゲストはまだ揃っていない。
「どうしたの?見とれてる?」知世は遥にちらりと目をやり、優雅な足取りで進みながら、手際よくスタッフに指示を出す。ゲストの好みやアレルギーなども的確に伝え、「後で私に恥をかかせないでよ」と軽く釘を刺す。
知世の所作は落ち着いていて、場を仕切る力に満ちている。手振りや目配せひとつで、スタッフたちは即座に動く。
遥は静かにその後ろをついていった。
二人はペルシャ絨毯が敷かれた薄暗い廊下を抜ける。ここは“リソース交換ゾーン”と呼ばれているが、遥はその詳細までは知らない。続いて水蒸気が立ち込めるガーデンを通り、足元は一方通行のガラス張り、温室には少し幻惑されるような香りのミストが漂い、中央にはバラのパビリオンがそびえている。最終的にメインの宴会ホールに到着した。
知世は遥を一室の控室に案内する。「ここで少し待ってて。みんなが揃って、パーティーが始まったら紹介するから。」
「うん。」と遥は頷く。
知世は去り際、数人の使用人を控室の前に配置し、不用意な来客が遥の邪魔をしないよう手配した上で、宴の準備に向かった。
パーティーは正午から始まり、その後もさまざまなエンターテインメントが用意されている。夜には仮面舞踏会もあるが、知世自身は普段あまり参加しない。
東京でも指折りの名家は20~30ほどあり、顔を見せる若者も多い。知世はほぼ全員に招待状を出していた。藤原家の“本当の娘”が戻ってきたという噂はすでに広まっており、皆がどんな人物か見極めようと集まっていた。今日の宴は波乱含みの予感が漂っていた。
……
正午近く、ゲストはほぼ揃った。彼らは数人ずつのグループに分かれていたが、話題は一様に知世と遥の比較に集中していた。長年離れ離れだった藤原家の血筋が、どんな姿で現れるのか――誰もが興味津々だ。
知世が姿を現すと、親しい令嬢たちがすぐに集まってきた。
「今日の知世、すごく綺麗!誰を虜にするつもりなの?」と誰かが感嘆する。彼女は国内トップデザイナーによるオーダーメイドドレス「有田焼の趣」を身にまとい、控えめながらも華やかだ。メインカラーは青磁色で、ライトの下では雨上がりの湖面のように淡い輝きを放ち、暗がりでは深い藍色に変わる。上半身には透け感のある西陣織の雲模様、裾のマーメイドラインにはマグネットが仕込まれていて、動いても乱れない。メイクもナチュラルで、黒髪は低くまとめ、翡翠のかんざしが和の上品さを引き立てていた。
「やっぱり知世は格が違う。新しく戻ってきた子と比べるなんて、私たちでも敵わないわ」と誰かが持ち上げる。
「でも本来はあの子が“お嬢様”なんでしょう?呼び方変えなきゃいけないのかしら?」
「何言ってるの、私たちの中じゃ知世が本当のお嬢様よ!」
「ところで、知世、あの子は?せっかくだし顔を見せてもらえない?知世の世界を目の当たりにしてもらわないと、戻ってきても奪えるものなんてないって分かるでしょ」と探りを入れる者も。
「やめてよ、雲鏡軒の格が下がるわ」と冷ややかに返す者もいた。
「下町から来たって聞いたけど?何を知ってるっていうの、知世と張り合えるわけないじゃない」と蔑む声も聞こえる。
この場に集まっているのは皆、一筋縄ではいかない者ばかりだ。知世と遥の間にある微妙な空気を察し、言葉の端々に皮肉や当てこすりが混じる。中立的な立場の者は静観しているが、知世のやり方が気に入らない者たちはひそひそと、
「たとえ血筋が良くても、落ちぶれたら終わりよ。どんなに取り繕ってもごまかせない」と小声で毒づいていた。
知世は金の縁取りのボーンチャイナのティーカップを持ち、薄く微笑みながら、特に反論もせず会話を受け流していた。
「どんな子か、すぐに分かるわよ」とだけ言い、曖昧に笑う。その対応が、かえって周囲の好奇心を煽った。
宴の開始直前、知世は管理責任者に遥を呼ぶよう合図した。全員が扉の方に注目し、期待と興味が渦巻く。その場にいる若者たちはどれも自信家ばかりで、集団の視線は普通の人間なら圧倒されるほど。
知世は主席に優雅に座り、その存在感を余すところなく示している。
やがて、誰かがしびれを切らした。
「遅すぎない?もしかして怖気づいて来られないんじゃない?」
「そうよ、呼びに行っただけでどれだけ待たせるの?」
「始まる前からこんな調子じゃ困るわ」
「私たちの時間は貴重よ。もう待たなくていいんじゃない?」
その時、スタッフが静かに告げた。「お待たせしました。藤原遥様がお越しです。」
一同が一斉に入口へ視線を向ける。中にはすでに、遥をからかう準備をしている者も少なくなかった。