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第11話 招かれざる客


藤原遥は人混みを避けて、一人で何か食べようと考えていた。リソース交換エリアの薄暗い廊下を抜けていると、前方から一人の男とぶつかりそうになった。


思わず彼の顔に目を奪われる。


整った顔立ち、際立つ骨格、シャープな顎のライン。無表情の時はどこか冷たさが漂うが、笑うと不良っぽさの中に少年らしさが混じる。濃い眉が印象的で、少し手入れのされていないラフな美しさがある。特徴的な切れ長の目尻に、澄んだ黒い瞳。人を見る時はいつも少し茶化すような、気だるげな余裕すら感じさせる。


歩く姿も堂々としていて、まるでファッションショーのランウェイを闊歩しているかのようだ。片手をポケットに入れ、「俺が一番カッコいい」と全身でアピールしているようだった。


藤原遥はすぐにピンときた。


東京でも有名な放蕩者――つまり、九条家の若様、九条森だ。やはり国外から戻ってきたらしい。本館では姿を見なかったし、藤原知世の性格からして招待するはずもない。おそらく自分で入り込んだのだろう。雲鏡軒に潜り込むとは、大したものだ。


藤原遥は余計な関わりを避けたいので、ほんの数秒視線を止めると、そのまますれ違おうとした。


ところが九条森はふいに手を伸ばして彼女の行く手を塞ぎ、ふざけた調子で言った。

「きみ、俺のことじっと見てたけど、もしかして俺のファン?」


藤原遥はこめかみがピクッと動いた。やっぱり噂通りの性格だ。この顔と声がもったいない。


「あなたのことなんて知らないけど、何を好きになるっていうの?」

彼女は呆れつつも、なんとかため息をこらえた。


「ごまかさなくていいよ。俺の魅力に抗える人はいないからね」

九条森は自信満々に言う。


藤原遥:「……」


本当に面倒くさい。これ以上関わるのはごめんだと思い、黙って別の方向へ歩き出した。


「ちょっと、どこ行くの? まだ話し足りないんだけど」

九条森はしつこく付いてくる。幸い、周囲に人の気配はない。


「ねえ、きみどこの子? 初めて見る顔だよ?」


藤原遥はあまりのしつこさに振り返って睨みつけた。

「そっちこそ誰? 私、見たことないけど」


「もちろん君の家の人さ、忘れた?」

「ふざけないで。どこから湧いてきたの? 宴が始まった時はいなかったよね?」


「仕方ないな、ばらすか」

九条森は大げさに肩をすくめ、真面目な顔で言った。

「実は藤原知世さんに頼まれて、今夜の接待役で呼ばれたホストなんだ」


藤原遥は思わずむせそうになった。この人、本気で自分の評判なんて気にしてないらしい。そんなことを平気で言うなんて。藤原知世がホストを呼ぶ? そんな噂を流されたら、さすがの知世も黙っていないだろう。彼女が九条森を嫌うのも納得だ。


「信じてないの? じゃあ、試してみる?」


「ふざけないで!」藤原遥は思わず、彼の顔めがけて拳を振り上げた。


かわされたが、元々本気で殴るつもりはなかった。


「まったく、なんで美人はみんな気が強いんだ?」九条森は不満そうに口を尖らせる。


「みんな? 他に誰が?」

藤原遥は鋭く聞き返した。


「もちろん、あの有名な藤原知世さん。あの人も相当キツいよ」


「へえ、どんなふうに?」


九条森はまた距離を詰めて、声をひそめた。

「この目で見たんだ、あの人が人を殺すところ。手際が見事だったよ」


「そう」と藤原遥は口元をわずかに上げる。


「まだ信じてない? 証拠は残さなかったけどね」


「それなのに、彼女に呼ばれて来たの? 口止めされるのが怖くない?」


「いやぁ、報酬が良すぎて断れなかったんだ」

九条森は真剣な顔で言った。


藤原遥:「……」


どこまで茶番を続ける気だ。


「じゃあその知世さんのところに行ったら? 私に構わないで」


「いやいや、あんな人はちょっと無理。結婚する相手は苦労するだろうね」

九条森はそう言いながらも、どこか楽しげな表情。


藤原遥もにやりとし、彼の後ろを指差した。

「ほら、後ろにいるけど」


九条森はビクリとし、慌てて振り返ると、藤原知世の冷たい表情と目が合った。すぐさま藤原遥の後ろに隠れた。

「うわ、びっくりした! 君は優しいから助かったよ。さもなきゃ命が危なかった」


藤原遥はすぐに距離をとった。

「この人のこと知らない。全部彼が勝手に言ってただけ。自分で“知世さんに頼まれたホスト”って名乗ってたよ」


九条森は目を丸くして、驚きの表情。

「え、もう裏切るの!?」


「じゃあ、次はもう少し待ってあげる」

藤原遥はとぼけた顔で言った。


藤原知世の視線が二人を見比べ、さらに冷たさを増す。

「ほう、九条家の御曹司がホスト役とは、私も光栄だわ」


騒ぎを聞きつけて周囲に人が集まり始め、思いがけずその一言が耳に入った瞬間、場内がどよめいた。


「えっ、九条家の御曹司? 海外にいるんじゃなかったの?」

「さっきまでいなかったよな?」

「ホスト役? まさか、幻聴?」

「でも、あいつならやりかねない!」

「私たちも指名できる? それとも藤原家だけ?」

「そんな夢みたいなことあるわけない。せいぜい藤原家の本家と知世さんだけよ」

「これ、修羅場? すごすぎる! 何見逃したの?」


場は一気に市場のような騒がしさに。藤原遥も思わず眉をひそめる。


「静かにしなさい!」藤原知世が鋭く一喝し、場の空気を一変させた。彼女は九条森に冷ややかな視線を向け、はっきりと拒絶を示した。

「九条家の御曹司が勝手に来たことは今回は不問にするけれど、二度と私にも藤原家の者にも近づかないで」


そう言い残し、意味ありげに藤原遥を一瞥する。


「それは困るな。うちの家と藤原家には、まもなく婚約の期限が来るでしょ?」

九条森はわざと挑発的に言い放つ。


見物人たちはさらに盛り上がり、騒ぎは収まる気配がない。


藤原知世は眉をひそめ、九条森を鋭く睨みつける。

「あなたは反発ばかりして、この結婚に大反対だったはず。だから国外にまで逃げたのでしょう? それが今さらどういうつもり?」


「君と結婚する気はさらさらないさ」

九条森は鼻で笑った。

「ただ、藤原家の本当の娘さんが戻ってきたって聞いてね。俺の花嫁候補を一目見に来たんだよ」



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