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第12話 庇護


藤原知世は拳を握りしめたが、必死に堪えていた。「それで、今こうして会ってるけど、どうするつもり?」


九条森はにこにこと藤原遥の隣に寄ってきて、「大満足だよ! 一目惚れってやつかな」と茶化した。


藤原遥は言葉を失った。


周囲の人たちも気まずさを感じつつ、面白がって成り行きを見守っていた。


「最初から彼女が誰か知ってたの?」と藤原知世が問い詰める。


藤原遥も続けて、「そうよ、私の正体は教えてないはずだけど、どうしてわかったの?」と不思議そうに聞く。彼女の情報、特に写真などは一切公開されていなかったのだ。


九条森は眉を上げて、「そんなに難しいこと?」と余裕の表情を見せる。


「違うわ。最初から知ってて、狙いがあったんでしょ?」藤原遥は直感でそう感じていた。彼は明らかに自分を目当てに来ている、と。


九条森はわざとらしく遥に向かってお辞儀をし、「さすが僕のお嫁さん、頭が切れる」とおどけてみせた。


藤原遥は、しばらく言葉が出なかった。周囲はさらに盛り上がる。


九条森はさらに調子に乗り、藤原知世に向かって言った。「知世さん、僕と藤原家本家の令嬢の婚約、異議はないよね?」


藤原知世はぱっと明るい笑顔を浮かべ、「もちろんないわよ」と答えるやいなや、すぐに冷たい声で「誰か、こいつを追い出して!」と命じた。


藤原遥も横でこっそり頷き、心の中で「ナイス」と呟いた。


「ちょっと待って、なんで……」と九条森が言いかけた瞬間、雲鏡軒の警備員によってあっさり連れ出されてしまった。


これでまた、九条家の御曹司の武勇伝が一つ増えたわけだ。他の若者たちは顔を見合わせ、笑いをこらえていた。


雲鏡軒の入り口では、九条森の部下であるアキラとシュウがすでに待っており、彼が追い出されても驚く様子はなく、むしろどこか嬉しそうだった。


「若様、海外留学して三年、今回は十分も粘ったんですね!」


「ですよね! さすが御曹司!」


九条森は二人の背中を蹴飛ばしながら、「余計なこと言うな、さっさと行くぞ」と吐き捨てた。


一方、館内ではまだ気まずい空気が流れていた。皆は藤原遥と藤原知世の様子をうかがっている。


「藤原家の本家令嬢はさすがね。来て早々、九条家の御曹司を虜にしちゃった」と誰かが皮肉を言う。


「知世の婚約者まで奪うなんて、あんなに綺麗なのに恥知らずだわ」と、もう一人がささやく。


神代千雪は我慢できずに声を上げ、藤原知世の味方をし始めた。彼女の目には、藤原知世と九条森こそがふさわしいカップルなのだ。藤原遥が帰ってきてから、何もかも奪われるように感じていた。


「どこが奪ったっていうのよ?」と藤原遥は冷たく言い放つ。


「とぼけないで! その気がなかったら、あんなこと言われるわけないでしょ?」


藤原遥は呆れたように笑い、「じゃあ、あなたの言う通りにするなら、私はどうすればいいの?」


「ちゃんと距離を取って、彼に近づかないことよ! この世界はあなたみたいな人が無理に入れる場所じゃないの!」


「あなたみたいな取り立てて家柄もない人間が入れるのに、藤原家本家の令嬢である私が入れない理由がある?」藤原遥は堂々と言い切った。


場が一瞬で凍りついた。神代千雪は家柄も悪くなく、両親に可愛がられて育ったが、母親が愛人だったという噂は以前からあった。ただし、公にはされていなかった。今、それをはっきり指摘され、皆は固唾を呑む。


藤原知世も驚きを隠せない様子だった――なぜ遥がそんなことを知っているのか?佐藤執事が話したのか?だが、神代千雪自身が名乗ることはなかったはずだ。


皆が呆然とする中、藤原遥はさらに続けた。「知世ですら何も言っていないのに、あなたは随分と必死ね。実際に九条家の御曹司を狙っているのは、あなたでしょ?」


神代千雪は顔を歪め、藤原遥を指さして怒鳴った。「そんなことあるわけないじゃない! 藤原家にどうしてあなたみたいなのが……いや、あなたは貧民街出身でしょ? どうせ拾われた子なんじゃないの? 私の身分に口出ししないで!」


「こっちに来なさい」と、藤原知世が話をさえぎった。


神代千雪は知世が微笑みながら手招きするのを見て、自分の言葉が認められたのだと勘違いし、喜んで近づいた。


次の瞬間、藤原知世の平手打ちが彼女の頬に鋭く振り下ろされた。


「あなたごときが藤原家の名を口にするなんて、何様のつもり?」藤原知世の声は冷たかった。


藤原遥も「その通り」と相槌を打った。


神代千雪は茫然とし、周囲も驚きを隠せなかった。藤原知世は普段、公の場で感情を表に出すことはほとんどない。しかも、今回は藤原遥のためだったのか?


なぜ? 犬猿の仲だったはずなのに? いや、もしかすると藤原家の面子を守るためだけかもしれない。


「知世、そんなつもりじゃなかったの! 私は遥さんに言っただけで、藤原家を侮辱したつもりはないの!」神代千雪は顔を押さえ、今にも泣き出しそうだった。こんなに恥をかいたのは生まれて初めてで、これ以上逆らう勇気もなかった。


藤原知世はさらに穏やかな笑みを浮かべ、「ちょっと疲れてるみたいね。今日は帰って休んだら?」と柔らかく告げたが、それは実質的な追い出し命令だった。


神代千雪は完全に呆然とし、まさかこんな結末になるとは思いもよらなかった。家族に知られたら、叱られるのは間違いない。「違うの、知世、私……」


雲鏡軒のスタッフは手際よく動き、彼女が抵抗しても強引に連れ出してしまった。


残された人々は、藤原知世の隣でやや勝ち誇ったような態度の藤原遥を見て、戸惑いと興味を隠せなかった。一体、何がどうなっているのか?


「やっぱり自分のテリトリーだと、偉そうにできるのね」と神代千雪が不満げに呟いて立ち去る。他の人々もそれぞれ笑いながら場を離れた。


こうして藤原知世と藤原遥の二人だけが残される。


「なんであんな奴と関わる羽目になったの?」と藤原知世が眉をひそめる。


「さあ……気がついたら、向こうから絡んできたのよ」と藤原遥は肩をすくめて答えた。


「どいつもこいつも、面倒ばかり」と藤原知世はそれ以上何も言わず、「好きにしていいけど、あまり勝手なことはしないでね」とだけ言い残し、その場を離れた。


藤原遥はしばらく考えた末、そっと後を追いかける。主人である知世が人の少ない場所へ向かうのは妙だ。きっと何か事情があるのだろう。



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