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第14話 家族の誤解


遥「……」

(なんて図々しい人なんだろう、この家は!場所さえ間違ってなければ、今すぐ殴ってやりたいくらい。)


「まさか、僕のお嫁さんがこんなに何でもできるなんてね。舞踏も完璧だし。外の噂なんて、やっぱり全部デタラメだったんだ。」森は口元に笑みを浮かべ、じっと遥を見つめている。


「そう?もしかしたら、噂も本当だったりして?」遥が言い終えると同時に、ヒールのかかとが彼の足を的確に踏みつけた。


「いって……」森は息を呑み、慌ててごまかす。「ミスだよ、誰にだってあるだろ?」


「そうよね、たまのミスくらい普通でしょ?」遥は微笑んだままだ。


森は嫌な予感がしたが、次の瞬間、またしても足を踏まれた。


「さっき、知世が人を殺すところを見たって言ってたけど?あれ、どういうこと?」遥は問い詰める。


「その時は、あまりに驚いて記憶が曖昧で……」森は歯を食いしばる。


すぐに、また足を踏まれる。


「わかったわかった、もう勘弁して。少し考えさせてくれ。」森はすっかり観念した。


「急いでね、じゃないと私のステップがまた乱れちゃうから。」


森「……」


二人が言い合っている間、ダンスフロアの外では、知世が静かにその様子を見つめていた。


舞踏会は思いのほか順調に終わった。遥のおかげで、森も目立つことなく人混みに紛れて帰ることができた。遥と知世も藤原家に戻る。


リビングでは、健介、美智、そして三兄弟がすでに待っていて、どうやら二人の帰りを心待ちにしていたようだった。


「知世と遥、帰ったのか?今日はどうだった?」この言葉は主に遥に向けられている。知世のことはいつも安心して任せているからだ。


「ええ、とても楽しかったです。」遥は笑顔で答えた。


家族は安心した様子で、遥にソファへ座るよう促した。話が進むうちに、話題は遥の過去について及ぶ。何も調べられなかった家族は、ついに好奇心と心配が抑えきれず、直接尋ねてしまう。


遥はただ微笑んで、はぐらかすように言った。「そのうち、ゆっくり話します。一度に全部話したら、きっと皆さん、受け止めきれないと思うから。」


リビングは一瞬静まり返った。わずかな間に、家族たちは遥がスラムでどれほど苦労したのか、と勝手に想像して胸を痛める。そして、そんな苦労をしてきたのに、遥は恨み言ひとつ言わず、むしろ家族が責任を感じてしまうのを心配しているのだと感動する。家族は思わず優しい言葉をかけ、今日はゆっくり休むように言った。


その後、家族は知世の方を見て、遥の話が本当かどうか再確認する。


「お姉ちゃん、やっぱり全部は話してないね。」知世はどこか皮肉っぽく言う。


「どういうこと?」家族は身を乗り出した。


「お姉ちゃん、九条家のあの人と結構仲良くしてたよ。パーティーでも一緒に踊ってたし、その話はしてなかったでしょ?」


「九条のあいつ、帰国してたのか?しかもお前の所にまで顔を出したのか?止めなかったのか?」健介が眉をひそめる。


「三年も海外で鍛えてきて、前より手強くなったし、正直、止めきれなかった。」知世も少し悔しそう。


「それでも、遥の近くには行かせるなよ!遥は純粋なんだから、ああいう奴に騙されやすいんだ。」健介は不満げだ。


「全部は防ぎきれないよ。それに、もしかしたらお姉ちゃんが好きになるかもしれないし。もし両家が結ばれたら、それはそれでいいんじゃない?」知世は言い返す。藤原家も九条家も、そんな日を待っていたのだ。


「まあ、そうだけど……」家族たちは納得しきれない様子だ。


「で、二人はどうやって一緒になった?」美智が詳しく聞く。


「九条森がみんなの前で……」知世は森の“熱烈な告白”をそのまま伝える。


家族全員の表情が暗くなる。最後に雅人が口を開いた。


「しばらく様子を見よう。九条の奴は普段はだらしないけど、外で女遊びをしている噂はないし、あそこまで公の場で女の子にあんなこと言うなんて初めてだ。もしかしたら本気かもしれない。」


「そうね、しっかり見極めなきゃ。たとえ九条家の跡取りでも。」


「光、お前、時間あるときに探りを入れてこい。」


「なんで僕なんだよ、忙しいのに。」光は不満げだ。


「遊びや人付き合いは、お前が一番得意だろ。決まりだ。」健介がきっぱり言い、「遥の大事なことだから、慎重にな。」と付け加えた。


「わかったよ……」光はしぶしぶ承諾する。


「それにしても、遥ってダンスもできるのね。何でもこなせて本当にすごい子だわ。」美智が笑顔を取り戻して言う。


「ダンスが得意かどうかは知らないけど、九条森の足を何度も踏んでたよ。遠くから見てても、森の顔が仮面の下で歪んでるのがわかったくらい。」知世は今にも笑い出しそうだ。


しかし、すぐにその笑顔は消え、嫉妬心を隠そうともしない。「私だって踊りなら負けないのに。お母さんは全然褒めてくれないんだね?」知世はパリ・オペラ座バレエ団を卒業し、数々の賞を受賞、“東洋の白鳥”と呼ばれた逸材だ。キャリアの絶頂で引退し、メディアの取材に「もう十分。次の目標に移るわ」と誇らしげに語ったこともある。


「前にたくさん褒めたでしょ。もう聞き飽きてるんじゃない?」美智は笑う。この娘は何でもできて、心配することなどなかったから、ただ応援してきただけだ。彼女が家に持ち帰った栄誉に、家族はもう慣れてしまっていた。


「これからしばらくは、お父さんもお母さんも、そして三人のお兄さんたちもみんな忙しくて、なかなか家に帰れないかもしれない。遥のこと、しっかり頼むわね。」


「また私?ずっと一緒にいたら、私のやってること、そのうち遥に気づかれちゃうよ。」


「大丈夫だよ。お姉ちゃんは本当に素直だから、変なことは考えないし、何か聞いたり見たりしても気にしないよ。」健介は落ち着いて答える。


美智も続けて言う。「そうそう。下の人たちと話す時も、言葉を選んで、遥を怖がらせないようにね。」



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