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第19話 疑念の渦


「彼女がなぜそこに現れたのかは分かりません。ただ、幹部たちが彼女に対して異様に丁寧だったので、普通の人物ではないと感じました。彼女の行動は徹底的に秘密にされていて、曼荼羅会の幹部以外は誰も知らず、顔を見たことがある者もほとんどいません。僕は当時、組織から逃げていて、倉庫の箱に隠れていました。何人かの幹部が彼女を連れて品物を見せに来た時、箱の隙間から彼女の姿を目撃したんです。その後、二日間身を潜めて、やっと逃げ出すことができました」

男は焦った様子でまくし立てた。


遥は黙ったまま、無表情で話を聞いていた。その様子から、この話は事実なのかもしれないと感じさせた。曼荼羅会の連中は本当に使えない。下っ端の裏切り者をいまだに始末できず、自分の目の前にまで現れるとは。しかも、黒沢まで巻き込むとは。


黒沢は、男の「遥は海外で高い地位にいる」という話を信じていなかったが、念のために様子をうかがうことにした。彼女は秘密を隠せそうにないタイプに見える。本当に何かあるなら、どこかでボロが出るはずだ。


「遥さん、彼の証言について何か言いたいことはありますか?」と黒沢が尋ねた。


知世と佐藤執事も半信半疑のまま遥に視線を向けた。男の説明は妙に信憑性があったからだ。


遥はきょとんとした顔で言った。「どうして裏切り者の言葉をそんなに信じるの?矛盾だらけなのに、ちゃんと確かめもしないで。証拠は?もしかしたら、彼がわざと嘘をついているかもしれないでしょう?それに、こんな時に自分の身を守らず、しつこく私を巻き込むなんて。さっきのあなたの言葉も、まるで彼を誘導しているように聞こえたけど。もしかして、この男もあなたの部下で、わざと仕組んだの?」


遥は無邪気な口調で、しかし一つ一つ鋭い指摘を投げかけた。


知世と佐藤執事はハッとした。確かにそうだ。黒沢がわざわざ自分たちをここに呼んだのは、遥を疑わせるために違いない。黒沢の言葉は一つたりとも信じられない。


黒沢は少し焦った。その男が自分の部下であることは調べればすぐ分かるし、証拠も出せない。曼荼羅会のことは自分の管轄外で、調査も難しい。知世と佐藤執事を一時的には丸め込めたと思ったが、結局遥に切り返されてしまった。この娘、本当に無意識でこういうことを言っているのか?本当にただの無害な存在なのか?黒沢は老獪な男だが、表情には何も出さなかった。


「遥さん、それは言い過ぎじゃありませんか?私が他人と結託してあなたを陥れるなど、あり得ません。彼がここまで言うのなら、何も根拠がないわけがない。証拠は今調査中ですし、すぐに分かるでしょう。そもそも、もし本当にあなたがそういう立場なら、藤原家にとっても大きな助けになるはず。なぜ隠す必要があるんですか?」と黒沢は弁明した。


遥が口を開く前に、知世が鼻で笑った。「黒沢さん、わざわざ私たちを呼びつけて、裏切り者の戯言を聞かせるためだったんですか?それはあなたらしくありませんね」


「私もつい熱くなってしまいました。遥さんに関することですから、つい慎重になりすぎたのです」と黒沢は笑いながらも、目は冷たかった。


「では、証拠が揃ってからにしましょう。今は会社の情報漏洩について話を続けてよろしいですか?」と佐藤執事がすぐに続けた。二人とも遥を疑う様子は微塵もなかった。仮に男の話が本当だとしても、彼女が藤原家の血を引く者である事実は変わらない。むしろ、黒沢の方こそ怪しい。


黒沢も納得できないが、これ以上は無理だと悟り、部下に他の二人の尋問記録を持ってこさせた。「これが全てです。どう処分しますか?」


知世と佐藤執事が資料に目を通した瞬間、上の階から大きな物音が響いた。部下が慌てて駆け込んでくる。「大変です!上の階で火事が発生し、火の手が一気に広がっています。もうほとんどビル全体が包まれています、現場は大混乱です!」


知世と佐藤執事は顔色を変えた。まさか、黒沢がこんな大掛かりなことを仕掛けるとは?


遥は表面上は動揺を装っていたが、内心は冷静だった。火事?きっと違う。かすかに銃声や爆発音が聞こえ、どう考えても抗争の気配だった。


黒沢は即座に指示を出した。「あちらに非常口があります。二人の御令嬢をすぐに避難させろ!尋問室の者たちは……放っておけ」


佐藤執事が真っ先に走り出し、避難経路を確認しに行く。知世は遥の手をしっかり握り、「一緒に来て」と険しい表情で言った。


黒沢は二人の後ろ姿をじっと見つめ、その瞳に殺気が滲んでいた。



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