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第20話 銃弾の盾


無事に地上へ出てみると、そこはただの火災ではなく、明らかに誰かが仕組んだものだった。パニックに陥った群衆の中には、私服姿の武装した男たちが紛れ込んでいた。彼らはすぐに藤原遥と藤原知世を見つけ出し、銃を構える者と、刃物を持って近づいてくる者に分かれていた。


「知世様、遥お嬢様をお連れして先に行ってください。私はここで食い止めます!」

佐藤執事は一人で十数人を相手に立ちふさがり、普段の穏やかな姿からは想像もつかないほどの気迫を見せた。現場は混乱を極め、逃げ惑う人々と襲撃者が入り乱れ、援軍もすぐには到着できない状況だった。


知世は迷うことなく遥の手を引き、逃げ出した。だが遥は振り返りながら、追手たちをじっと観察した。彼らは藤原家や黒澤竜也が育てた手下とは明らかに違う。偶然なのか、それとも竜也が他の勢力と手を組んだのか?


考えを巡らせていると、遥は近くにスナイパーの気配を感じた。銃口は明らかに自分を狙っている。しかし遥は動じなかった。銃弾を避ける自信はあった。普通の人間には傷つけられない。


だがその瞬間、遥の前を歩いていた知世が突然振り返り、遥を庇うように抱きかかえて地面に転がった。不意を突かれた遥は、銃弾を避ける動作が間に合わなかった。二人の距離が近すぎて、知世が何をしようとしているのか気付いた時には、すでに遅かった。


銃声とともに、生々しい音が響き、知世の左肩から血が滲み出した。知世は一言も声を上げなかった。


遥は一瞬、呆然とした。まさか知世までがこれほど鋭く、銃撃に気付いて即座に自分を庇うとは思っていなかった。普段は口が悪いくせに、本当は優しい——。自分はどうせ無傷だっただろうが、誰かが命がけで自分を守ってくれるというのは、悪い気分ではない。今回は、自分が知世に借りを作った。


知世は痛みをこらえ、すぐに起き上がると、右手で遥を引き起こした。「ボーっとしてないで、早く行くわよ!」


スナイパーは失敗し、知世の援軍が迫っているのを見ると、すぐに撤退した。その時、佐藤執事も駆け付けてきた。


「知世様、ご無事ですか?」


「大したことない。かすり傷よ。」知世は周囲を睨みつけ、人混みに紛れて逃げた襲撃者たちを見送りながら、冷ややかに笑った。「逃げ足だけは早いわね。」

佐藤執事の手配した者たちが現場を包囲し、残党の捜索と清掃を始めていた。


「佐藤さん、生け捕りにして。」


「承知しました。」


その時、黒澤竜也が現れ、いかにも現場を指揮している風を装っていた。知世の負傷を見て、大げさに心配してみせる。部下に命じて数人の襲撃者を連れて来させた。その中には、知世を撃ったスナイパーも縛られていた。狙撃直後、黒澤の部下に捕まったのだ。


「黒澤さん、さすがに手際がいいですね。もう捕まえたんですか。」知世は目を細めた。


「ここは私の縄張りですから、知世様を傷つけた責任は果たさないと。」黒澤は平然と言った。だが、知世が重傷でなかったのは不満らしい。


知世は佐藤執事に連れ帰って尋問するよう目配せしたが、黒澤が突然銃を抜き、捕まえた数人をあっという間に射殺してしまった。止める間もなかった。「藤原家の方に手を出すなど、死んで当然だ。次に問題を起こす者も、私は容赦しない。知世様、これでご納得いただけますか?」


知世は表情を固くし、怒りを抑えた。黒澤が口封じをしたのは明らかだが、証拠がない以上、何も言えない。せめて遥が無事でよかった。後の責任は、証拠をつかんでから追及すればいい。


「藤原家の商業施設がここまで被害を受けたのは、あなたの管理のせい。私が納得するかどうかは関係ない。言い訳はお父様とお母様にどうぞ。」そう言い捨て、知世は遥を連れてその場を去った。佐藤執事たちもすぐ後を追った。


黒澤は彼女たちの背中を見送りながら、ますます険しい表情になった。


側近が声をひそめる。「親分、本当に味方の人間を殺してしまって大丈夫なんですか?向こうにどう説明するんです?」


「仕事もまともにできない連中だ。死んでも構わん。知世様の言う通り、今回の騒ぎは本家に説明がつかないな……だが、いずれにせよ、いずれは揉める運命だ。今日は全くの無駄というわけでもない。」


「どういうことです?」


「藤原柏山の奴、また見誤ったな。姉妹を仲違いさせようなんて、そう簡単にはいかんよ。」

黒澤も意外だった。あれほど誇り高い知世が、あれほど危険な姉を守るとは——。


・・・


D国、関西組のアジト。


「なに?うちの者が一人も戻ってこなかっただと?!」

関西組の組長は怒りで顔を真っ赤にし、床のガラスを思い切り踏み砕いた。


「は、はい……作戦は失敗、標的の周りには護衛がいて、すぐに援軍も来て……」


「それでも全滅はないだろう!中には腕利きも何人かいたはずだ。あそこは黒澤の縄張りだろ?少しは手を貸してくれると思ったのに!」


「黒澤さんが……うちの者は使い物にならん、死んでも同じだと言ってました。元々何人かは逃げられそうだったんですが、彼の部下に捕まって、その場で撃ち殺されて……」


「ふざけやがって!」組長は机を蹴り倒した。「疑いを晴らすために、うちの兄弟を生け贄にしやがった!黒澤も藤原家も、ろくなもんじゃねぇ!」


「今後の協力は……?」


「協力なんてするか!藤原家の連中なんて信用ならん。さっさと、あの野郎とつながってた証拠を全部整理しろ。いつか絶対に裏切ってやる!」


・・・


東京・藤原家。


遥と知世が襲撃されたと知り、家族は仕事を放り出して急いで帰宅した。出張の予定も全てキャンセルだ。


玄関を入ると、叱責を待つ佐藤執事、ソファで傷の手当てを受けている知世、そして目を赤くした遥——作りものとはいえ、心が動かされたのは確かだった。


知世はそんな遥の様子を見ると、わざときつく言った。「何その顔?別に死んだわけじゃないのに。」


遥はさらに「申し訳なさそうな」表情になった。


健介と美智は知世を優しく諭した。「もういいだろう、知世。お姉ちゃんはお前のことを心配してるんだ。今日のことは本当に怖かったんだよ。」


遥は小さく声を震わせて言った。「全部私のせいだよ、知世を危ない目に遭わせてしまって……」実際、この件には責任があった。


「そんなことないよ。知世が助けてくれたのは、やっぱりお前が大事だからだ。」


「別に大事じゃないわよ。ただ、あの二人のじいさんにいいようにされたくなかっただけ。」


「知世、お姉ちゃんにそんな言い方しないの。」


「だって、私が怪我人だし!」知世は拗ねたように言い返した。


「わかった、わかった。後でちゃんとご褒美あげるから。」


両親は今度は遥に向き直った。「遥、大丈夫?部屋で休む?知世は私たちが見てるから。」


「うん。」遥は素直に頷いた。これから家族が対策を話し合うのは分かっていた。自分がいると邪魔になるかもしれない。彼らの計画は、あとからでも探れる。遥も、このままでは済ませないつもりだった。


部屋に戻るとすぐ、遥は電話をかけた。「藤原柏山と黒澤竜也の裏の顔、特にグレーな部分を徹底的に調べて。できるだけ詳しい情報が欲しい。それと、私たちの人間を少しずつ日本に入れ始めて。目立たないように、藤原家は警戒しているから。」

東京で絶大な影響力を持つ藤原家にも、手が回らないところはある。そこに、遥は自らの力を伸ばそうとしていた。



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