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第21話 思いがけない恩義


「くそっ、黒沢竜也め。知世の前であんな醜態をさらして、藤原家の事業まで勝手に弄ぶなんて、今回はただじゃ済まさないぞ。」藤原光は怒りをあらわにした。

「知世がどこまで分かっているのか、気になるところだが……」

一家の話し合いが終わった頃には、もう夕暮れになっていた。


佐藤執事は知世のそばに腰掛け、周囲に誰もいないのを確かめてから、声を潜めて言った。

「知世様、どうしてあんなに必死でお嬢様をお守りになったのですか。少しでも判断を誤れば、ご自身の命が危ないのに……」

長年仕えてきた彼の心は、自然と知世に傾いていた。そこまで犠牲になる必要はない、と感じていたのだ。


「外に連れ出したのは私。事前にお父様とお母様には報告していたけど、責任は私にあるわ。もし誰かが傷つくか、命を落とすなら、きっと私にその役割が回る。藤原家が私を育てた理由は分かってる。彼らの情よりも利益が先に立つことも。でも私は、それを不満に思ったことはない。藤原家が与えてくれたものは十分すぎるほど。ほんの十数年で、東京で一番の令嬢の座を得て、自分の力も人脈も築けた。もし、藤原家に拾われてなければ、今ごろ底辺でもがいていたはず。遥が本来受けていた待遇を私が享受している。文句を言う資格なんてない。結局、私と遥の運命は一心同体。遥を守れば、藤原家も私に冷たくはしない。今回だって、お父様もお母様も満足してくれたし、私も望んだものは手に入った。少し傷ついたくらい、どうってことない。生きていれば治るわ。もし藤原家に必要とされるなら、私は一番鋭い刃になればいい。」


「知世様……」佐藤執事はさらに言葉を続けようとしたが、知世にさえぎられる。

「もういいわ。今一番大事なのは、あの二匹の老獪な狐が送り込んだ内通者を始末することよ。」


「かしこまりました。」佐藤執事はスマートフォンを取り出して見せた。

「知世様、昨日の件はできる限り情報を抑えましたが、それでも外に漏れてしまいました。黒沢竜也の仕業かと。」


「ということは、もう各家に知れ渡ってるのね?」


「その通りです。」


「ちょうどいいわ。少し休みたいし、面倒な付き合いは全部断っておいて。」


「もし見舞いに来る方がいたら?」


「相手次第。親しくもない人は中に入れなくていいわ。」


「承知しました。」


……


藤原健介と藤原美智は、藤原遥の部屋にいた。


「遥、もうひとつ相談があるの。」美智は遥の手を優しく取る。

「うちに戻ってきてしばらく経ったし、きちんと家族として迎え入れる儀式をしたいの。どうする?認知の宴を。」


「認知の宴?できればやりたくないな。目立つのは嫌だし、ネットで顔が広まるのもリスクがあるから……本当に静かに過ごしたいの。」


「しなくていいの?寂しくない?」


「寂しくないよ。お父さんもお母さんも、お兄さんも、みんなが私を大切にしてくれてる。それだけで十分。」


「この子、本当に気遣い屋さんね。」


「別に形式にこだわらなくていいよ。これから知世と一緒にいれば、いずれいろんな人と会うことになるし、今ここで無理に目立つ必要もない。」


二人はしばらく考えたあと、遥の意見を受け入れた。

「わかったわ。じゃあ藤原家のみんなが集まったとき、身内だけでささやかにお祝いしましょう。」

よくよく考えれば、今は知世に注目が集まってくれた方が家の計画にも都合がいい。知世はこれまで何度もそういう場を乗り越えてきた。一方、遥はまだ成長が必要だ。


「うん、それでいい。」


……


朝、知世は佐藤に起こされた。

「知世様、九条森様がお見えです。」


「は?あの人、こんな朝早くから来るなんて、怪我人が休んでるの知らないの?」


「知世様が怪我をされたと聞いて、お見舞いだそうです。」


「私を心配するような人じゃないでしょ。どうせ何か企んでるわ。」


「会われますか?」


「会わない。」


三分後、佐藤が戻ってきた。

「知世様、九条様は帰ろうとされません。もしお会いできないなら、お嬢様に会わせてほしいと。どうしても手ぶらで帰りたくないようです。」


知世は呆れて言った。

「お姉さんはこのこと知ってる?」


「まだご報告していません。」


「なら余計な手間かけさせないで。起こしてくれる?せっかくだし、彼が何を考えているのか見てみたいわ。」

そう言って、のんびりと支度をしながら、佐藤に支えられて階下へ降りていった。


九条森は待ちくたびれていたが、脚を組んでふてぶてしい態度を崩さない。


「わざわざ九条家のご子息がいらっしゃるなんて、今日はどんなご用件かしら?」


「良いものを持ってきたんだ。開けてみて、きっと気にいるから。」


知世は手を伸ばさずに言った。

「贈り物なら、次からはご本人が来る必要はないわ。」


「そうはいかない。ちゃんと無事な姿を見ないと、心配でさ。」


「今こうして顔を見せたんだから、もう帰ってくれていいわよ?」


「そんなに早く追い返すの?」


「まさかご飯でも食べていくつもり?」


「実は……そのつもりだった。」


知世は思わず黙り込む。やっぱり彼は一筋縄ではいかない。


「用件があるなら早く言って。前は私の顔を見るのも嫌がってたくせに。」


「君と昔のわだかまりを水に流したかっただけさ。」


知世は警戒心を露わにした。

「わだかまりを解消して、それで?」


「それで、藤原家のお嬢様は今、家にいらっしゃる?」


「いないわ。」

知世は「やっぱり」とでも言いたげな顔をして、佐藤に目配せした。

「佐藤さん、送ってあげて。」


「ちょ、ちょっと待ってよ。会いたいだけで、別に……」

言い終わる前に、佐藤に丁寧に外まで案内され、なんとか財閥の御曹司としての体面だけは守られた。


外で待っていた付き人たちが駆け寄る。

「坊ちゃん、どうでした?未来のお嬢様に会えましたか?」


「会ってない。」


付き人たちは目を丸くして驚き、どこか呆れた様子も見せる。

「えっ?あんなに長く中にいたのに、藤原家のお嬢様に会えなかったんですか?」


「うるさい。」

九条森は一人一人に軽く蹴りを入れた。


彼を見送った後、知世はゆっくりと贈り物の箱を開けた。見た目は立派だが、中は空っぽで、緩衝材すら入っていない。念のため底を調べると、数枚の紙が――それは黒沢竜也と関西組が内通している証拠だった!


まさか藤原家より先に掴んでいるとは……?


考えを巡らす暇もなく、この恩義は受けておくしかなかった。知世の目が鋭く光る。


「佐藤――!」



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