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第24話 脅しと誘惑


藤原柏山の私邸の書斎。二人は余裕のある態度で、どこか勝利を確信しているような表情を浮かべていた。彼らの前の大型モニターには、薄暗く湿った、血の跡が生々しい映像が映し出されている。


少女が手足を縛られ、血だまりの中に倒れていた。もともと綺麗だった髪は泥と血でぐちゃぐちゃになり、乱れて顔にかかっている。頬にははっきりと平手打ちの痕が残り、まるで泥沼に落とされた姫のように、見る影もない。それでも、彼女は一言も発しなかった。


もし藤原家の者がいれば、すぐにそれが長年大切にしてきた娘、妹の知世だと気づいただろう。


恐れや従順の色は微塵もなく、その瞳には冷たい憎しみだけが宿っている。まるで獲物を狙う毒蛇のように、今にも飛びかかりそうな気配だ。口元には皮肉な笑みすら浮かべている。「捕まえてからもう二十分経ったけど、その程度なの?」


彼女を捕らえたのは、東京最大の極道組織・竹内組の人間だった。これまで藤原家には決して手を出さなかった彼らが、今回ばかりは総力を挙げて知世一人を捕らえた。竹内組の背後には黒澤竜也、あるいは藤原柏山がいることは明らかだった。


知世は遠くのカメラを鋭く睨みつけ、声を荒げる。「どうせお前らが裏で糸引いてるんだろ!姿を隠して、せいぜい画面越しに見てるしかできない小心者どもめ。今すぐ私を殺せばいい。もしこのまま生かしておくなら、今日の恨みは必ず返す。……いや、私がやらなくても、お父さんもお母さんも兄さんも、きっと復讐してくれる。」


画面の前の二人の表情が険しくなる。


「もう俺たちだと気づいたのか?」

「頭の切れる子だ。怪我させなければ、捕まえられたかわからない。」

「知世を捕まえるために、こっちも相当な犠牲を払ったんだ!」黒澤竜也は苛立ち、机を叩いた。「それにしても、俺と関西組の連絡拠点は誰にも漏れていないはずなのに、どうしてバレた?今回のためにわざといくつか持ち物を晒して、藤原一家の目をそらしたのに……」


藤原家が遥を徹底的に守ると読んで、今回は知世を狙った。竹内組と手を組み、全力を注いだのもそのためだった。結果は思惑通りだったが、黒澤はつい先ほど、拠点が潰され腹心が二人も捕まったことを知る。海外勢力と繋げるため、秘密裏に築いた拠点がなぜ知世にバレたのか、理解できない。しかも、佐藤執事が「夜鷹」たちを率いて直接乗り込んできたという。黒澤はこのラインだけは本来温存したかった。


「今さら悔やんでも仕方ない。これからどうするか考えるんだ。」藤原柏山の目は鋭い。「まずはじっくり尋問してみろ。何か引き出せるかもしれん。」


「こいつ、こんなに痛めつけてもまだ強情だ。いっそ殺してしまった方が面倒がない。知世が死ねば、藤原家も内部が混乱するだろう。」


「彼女の手には家の裏帳簿がある。それを下手に動かせばすべてが台無しだ。殺すのは最終手段だ。藤原家の連中が戻ってくるにはあと数時間はかかる。もう少し揺さぶってみろ。どうしても口を割らなければ、その時は……」藤原柏山はしばし黙り込み、やがて静かに言い切る。「もう後戻りはできない。生かして逃がすよりは始末する方がいい。」


かつてなら知世がいなくなれば藤原家は報復してきたはずだが、今はまだ遥が残っている。これからのことを考えれば、慎重にならざるを得ない。


「竹内組にきっちり“もてなし”を頼もう。」


藤原柏山はモニターの知世を見据え、リモコンを手に取ってボタンを押した。彼の声がカメラ越しに知世に届く。「知世、ここは一度頭を下げておくべきだ。君のことは小さい頃からよく知っている。こんな目に遭わせるのも心苦しい。素直になれば、許してやろうじゃないか。」


「しつこい老いぼれだな。」


「もう長くは持たないぞ。こんなところで死ねば、遥の思う壺だ。彼女が藤原家の唯一の“お嬢様”になる。その時、知世を消したのが俺だと知ったら、彼女は俺に感謝するだろうな?」


遥の名に、知世の目が一瞬揺れる。藤原柏山は畳みかける。


「藤原家の財産は、君の三人の兄たちが分け合い、残りは遥のものになる。君は結局“外の人間”だ。他のものに手を出せると思うな。いずれ親の本当の娘が、君の居場所をすべて奪う。価値がなくなれば、君は簡単に捨てられるぞ。」


「今の立場をよく考えてみろ。俺たちと手を組む方がずっと得だ。三人でグループを分け合えば、誰の顔色も伺わずに済む。無理に抵抗して命を落としたら、何も残らない。藤原家のためにそこまで命を張る価値があるのか?」


その言葉に、知世は少し黙り込む。


「本当に私とグループを三分する気?結局は口約束じゃないの?」


「当然だ。藤原グループの今の取引先の多くは君が切り開いたものだし、内部のこともよく知っている。帳簿も管理している。君の協力がなければ、グループを手に入れても維持できない。長く手を組んだ方が得だろう?」


「わかった。とにかく殺さないでくれるなら、他のことは話し合おう。」


知世の態度が少し軟化したのを見て、黒澤は密かに喜ぶ。しかし藤原柏山は警戒を解かない。


「なら、まず君の誠意を見せてもらおう。何か有用な情報を教えてみろ。それ次第で命を保証してやる。」


知世は鼻で笑う。「そんなこと言ったら、私の価値がなくなるだけで、すぐ殺されるじゃない。」


「お前はそのままでも価値がある。誠意を見せてくれれば、殺しはしない。」


「どうせ逃げられないんでしょ。まず場所を変えて治療して。その後のことは、それから決める。」


黒澤は徐々に苛立ちを隠せなくなる。「こいつ、時間稼ぎしてるな。竹内組にやらせろ!」


藤原柏山も同意した。「やはりおとなしく従う気はないようだ。よく考えて返事しろ。」


その声とともに、関西組の男たちが知世を取り囲む。誰一人、情けをかける様子はない。十人以上が取り囲み、いずれも鋭い目つきで日本刀や鉄パイプを手にしている。どれも一撃で命を奪う凶器だ。


中でも、椅子に座りタバコをくわえた中年の男が目立つ。彼は竹内組のナンバー2、“竹鬼”と呼ばれる男だ。


冷たい笑みを浮かべながら、「こんな女に余計な話はいらねぇ。さっさと腱を切っちまえ」と部下に合図を送る。


藤原柏山も黒澤も止めはしなかった。「命さえあればいい。どうせまだ使い道はある。」もし情報が得られなければ廃人にして、藤原健介や美智と交渉する材料にすればいい。家族も、知世を見捨てきれないだろう。戻したところで、もう何もできやしない。帳簿との関係も断ち切れる。


男たちがじりじりと近づいてくるのを見て、知世の心にも恐怖が湧き上がる。誇り高い自分は、この先どうなるのか――


大丈夫、大丈夫。お父さんもお母さんもきっと復讐してくれる。たとえ廃人になっても、家族は私を見捨てない。


もう少しだけ耐えればいい。佐藤執事も、お父さんもお母さんも兄さんたちも、私がいなくなったことにすぐ気づくだろう。彼らが来るまで、私は絶対に諦めない。



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