奇妙な車中でのお茶会が始まったのはいいけれど、初対面なのもあってすぐに話題が尽きてしまったの。正直、気まずいわ。
そもそもこの魔導師がいけないのよ。
仮面で顔がほとんど隠れているし、唯一見えている口元は、うすら笑みを浮かべて固まっている。
彼が何を考えているのか全くわからないし……。
で、他にやることもないので、自宅から持ち出した領民からの陳情書を読むことにしたわ。内容は分かっているけど、この薄気味悪い男と目を合わせずに済むのはありがたい、というわけで。
私は手荷物のトランクから、我が家に届いた陳情書をつぎつぎと引っ張り出して、テーブルの上に積み上げた。スクロールも混じっているから、コロコロと転がって床に落っこちそうになるのを別の書類で押さえたり……。
「おや、お仕事をされるのですか? では魔法で灯りでも点けましょうか」
ごそごそと茶器類を片付けながら、魔導師が言う。
「灯り、おねがいするわ。はあ……。これ、仕事……だったらよかったのにね。でも、ただの暇つぶしよ」
「差支えなければ、その書類が何なのか教えて頂けますか?」
確かに、様々な紙に多種多様な様式で書かれた書類の束は、貴族の令嬢が持参する物品として異様であることは否めない。
「これはね。ただの私の心残り」
「心残り……でございますか?」
「ええ。私が救えなかった、可愛そうな領民たちからのメッセージ……」
仮面の向こうの瞳が、大きく見開かれたのに気づいたの。
「興味、ありそうね」
「とても」
私は、畳まれたり丸められたりしてる陳情書を丁寧に開いて平らに伸していった。
「これは、街道の補修の陳情。そしてこっちは、井戸の新設の陳情、そしてこれは――」
私の向かいで、魔術師はふむふむとうなづきながら私の説明に耳を傾けていた。
そういえばこの男は宰相だとか言ってたけど、大国の政治家がこんな小さな話題に興味を持つなんて、正直意外だった。
きっと彼も、ヒマつぶしに聞いていただけでしょうけれどね。
「面白い? こんな田舎のはなし」
「ええ。――答え合わせ的に」
「答え合わせ?」
彼は顎に指を添えて少々思案すると、
「その話の前に、少しお伺いしても?」
「かまわないわ。どうせヒマだし」
「お嬢様は、彼らのお願いを聞いてやれなかったことが、心残りだと仰いましたね」
「ええ、まあそうね」
「では、お嬢様ならどのように解決なさったのでしょうか。ぜひ後学のためにお聞かせ頂きたく存じます」
魔導師はわざとらしく頭を下げ、私の意見を求めた。