「本職の政務官に言うのも恥ずかしいくらいの、幼稚な内容かもしれないけれど、それでも構わないのかしら」
「もちろんでございます。私は帝国の中しか知らぬ、井の中の蛙でございますが故」
「まあ……そこまで言うなら話してあげるわよ。ヒマだし」
というわけで、書類の山を上から手に取って、私なりの解決方法を考えてみた。不思議なことに、彼は『所要時間の予想』も併せて尋ねていた。やっぱりプロは考えるポイントが違うのね。
「ところでお嬢様、これらの陳情元はこの地図のどの辺りになるのでございましょうか」
魔導師が領地の地図をテーブルの上に広げながら言う。
「えっ……。この地図は一体……」
彼は、驚く私の顔をニヤニヤしながら見てる。気持ち悪いわ。
その地図は、今まで見たどの地図よりも精巧で、空から描いたように、山や海の地形が描かれていた――。
これもやっぱり、帝国の技術なのでしょうね。
「こちらのペンをどうぞ。そのまま書けますよ」
彼が手渡してきたのは、木で出来た不思議なペンだった。ペン先を見ると、木のあいだから木炭のようなものが顔を覗かせている。ためしに陳情書の端っこで試し書きをしてみると、なめらかな書き心地で線が引けた。
きれいな地図の上に直接書き込んでしまうのに気が引けるけど、魔導師が早く書けと急かすので仕方なく、陳情元の町や村に、ひとつひとつ印をつけていった。
「ほほう……」
印をつけおえた地図を眺めた彼は、いったん馬車を停め、御者と何やら話をして行き先を変更していた。
「あの……どちらに行かれるのでしょう?」
「お嬢様の憂いを晴らしに、でございますよ」
「……はい? こ、皇帝陛下がお待ちなのでは?」
「なあに、多少待たせても構いません。それよりも、お嬢様に晴れやかなお気持ちで入城して頂くことの方が重要でございます故」
「はあ……。で一体どちらに」
彼は私が地図に書いた、ひとつの印を指でつんつんした。
「こちらの陳情先に、でございます」
「へ?」
「はい」
彼は本気だ。そう目が言っている。
マジで?
「……え、えええええっ?」