夕闇の中、魔導師と魔法人形たちが作業をしていたのは、なんと堀の中だった。
何を言ってるのか分からないと思うけど、私もわかんない。
なんで壁の外側にぐるっと堀なんか掘ってるのか……。
水不足の陳情でもなかったんだけど?
呆れた私は、堀のふちに近寄って、底の方で図面片手に魔法人形に指示を出している魔導師に声を掛けた。
「ちょっと! 何やってるの⁉ 水が欲しいんじゃないのよ? なんで壁はほったらかしなのよ!」
私に気づいた魔導師は、チッと舌打ちすると図面を丸めてベルトにねじ込んだ。
「お嬢様、ここは危険です。お屋敷にお戻りください」
「そんなことより、この状況を説明しなさいよ! なんで壁直してないのよ!」
魔導師は露骨に大きなため息をつくと、
「後で分かります。どうぞお任せください」
「今知りたいの! 一体なにをしてるのか、ちゃんと説明しなさ……きゃああああっ!」
イラっとした私は興奮のあまり、堀のはじっこで足を踏み外してしまい、穴の中へ。
「エリィ!!」
魔導師が一瞬で私の真下に飛び込んで、泥まみれになる寸前に抱きとめてくれた。
「大丈夫か!!」
「あ、ありがと……って、なんで私の愛称を……?」
「良かった……」
彼は心底ほっとしたような声で言うと、私をぎゅっと抱きしめた。
「え、ちょ」
「其方に何かあったら余は――」
余ってなに?
っていうか貴方誰?
皇帝の婚約者になにしてんの???
疑問に思っていると、さらにぎゅっと抱きしめられてしまった。
彼の心臓、すごいドキドキしてる。
『陛下ぁー、大丈夫ですかー』
穴の上の方から騎士さんの声がする。
『じゃなかった、猊下ーご無事ですかー』
あ、言い換えた。やっぱ怪しい。
「あ、も、申し訳ございません、お嬢様。すぐ上にお連れ致します」
「どうも……」
慌てて体を離した弾みで、彼の帽子とアイマスクが外れて落ちた。
ん? でも、どっかで見たような……。
でも思い出せない……。
「やば」
彼はすぐに帽子とアイマスクを拾って身に付けた。
ますます怪しい。
気を取り直した彼は、私のドレスの土を払うと、私を抱き上げて、浮遊魔術でふわりと穴の上に昇った。
「誰だ、お嬢様をこんな場所にお連れしたのは。まったく……」
「私が勝手についてきただけだから、怒らないであげて」
魔導師は、ぷすー、と息を吐くと、
「お嬢様がそう仰るのであれば、今回は不問に致します」
「よかった~」
「ですが、工事現場はもともと危険なのです。ご自身の体で実感されたでしょう?」
「ごめんなさい……」
「今後は、安全が確保された場所以外、立ち寄らないよう願いますよ。いいですね?」
「はあい」
今後? 今後?
ってことは、本気で領民を救いに回るつもりなのね。
ここだけじゃなくて、他の場所も!
「魔導師さん! 工事がんばってね! じゃ!」
私は騎士さんに連れられて、町長のお屋敷へと向かった。
――あれ?
そういえば、あの穴が何なのか教えてもらってないわね。
まいっか。明日になれば分かるんだし。