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第15話 思い出探しは一旦置いて

「まあ、その話はおいおいするとして……」

魔導師は急に地図をテーブルに広げて、話題を変えた。


「あと少々で次の陳情先に到着します。必要な措置について打ち合わせをしておきましょう、お嬢様」


「あくまでビジネスライクに行こうってのね。まあいいわ。ムカつくけど、実務能力がすごく高いということは分かってるから」


「恐縮でございます、お嬢様」

「もー、エリィでいいわよ」

「ケジメはつけておかないと、いざという時にボロが出るので……」

「もう出てるじゃない」

「いや人前で、とか。だから、お嬢様で」

「んもー、分かったわよ。好きになさい」

「恐縮です。では――」


彼は次の目的地の陳情書をテーブルの上に置き、内容を再度チェックしだした。

時折、何か思いついたのか、余白にメモを書き込んでいる。

ちゃんと真面目にお仕事してる。

仕事の出来る男、つよい。


「ところで、これ全部回るつもりなの?」

「無論です」

「どうして」

「必要だからでございます」

「わかんないわね……。他国の田舎のことなんかどうでもいいじゃない」

「どうでもよくなどございません。まだお分かりになりませんか」


彼は書類から顔を上げて、私をじっと見た。


「遅かれ早かれ、あの領地は滅んで本国に吸収され、領民は労働力として別の地に送られることでしょう。そうなれば、元の森林に戻ってしまうでしょう」


「そんな、まさか……」


本国に吸収されるところまでは想像できてたけど、まさか領民が住処を追われて散り散りになってしまうなんて、思いも寄らなかった。

そんな、ひどいこと……。


「やはり思い至りませんでしたか。先代様が草葉の陰で泣いておられますよ」

「だって……」


「この土地とその周辺について、急激に没落していることが分かり、こちらでもある程度の調査はしていました。そしてこの程、さらに具体的な情報が得られたのです。ですから、私は以前『答え合わせ』と申し上げたのでございます」


彼曰く、父の代になってからの放漫経営のせいで、領地の経済はボロボロ。産業も農業もガタガタ。

道路や農地、水源など、丁寧に手入れをし続けなければ、すぐに暮らしがつらくなってしまう。なのに父はほったらかしで……。


あまり良い土地をもらったわけじゃなかったのに、おじい様の手腕でどうにか回していた、というのが実情だったみたい。

いかにおじい様が優秀な領主だったのかがよく分かるわ。


どうして私が帝国に迎えられることになったのか。

それは、もしかして彼が私だけでも救おうと考えてのこと、だったのかも……?


「私とて、幼少期を過ごした思い出の地が無くなってしまうのは心が痛みます」

「ああ……もう終わりだわ。私だけ帝国に逃げたようなものじゃない……」

「しかしまだ希望はあります」

「希望?」

「いかにも。それは、貴女が持ち出した、この陳情書。これこそ、故郷を救う鍵となり得るもの。重要な情報の束でございます」

「これがあれば防ぐことが出来るの? この陳情書の場所を巡って領民を助けたら領地を救えるの?」

「可能性はあります。が、確約は致しかねます」

「貴方でも出来ないの?」

「人一人に出来ることなど、たかが知れております故」

「そんなぁ……」


まったく。

ぬか喜びじゃないの。


そんな私の心の内を見透かしたように、


「大丈夫。私がなんとかします」

「でも確約出来ないって」

「確実に成功する、とは言えないだけで、確率で言えば、かなり高いと言えるでしょう。ですから、滅んでしまう前に二人で立て直すんです」

「ふたりで……?」


彼は書類をテーブルの上に置くと、椅子から身を乗り出した。


「ああどうか、私を信じて。エリィ」

そう言って彼は、私の手を両手で握った。


私はうなづいた。

「わかったわ。でも、私まだ帝国に行かなくてもいいの? 待ってるんでしょ、皇帝陛下が」


彼はすっと手を離すと、普段の澄まし顔に戻って言った。


「この馬車の中こそ、帝国でございますよ。ゆえに、その心配はご無用」

「? どういう意味?」


「貴女をあの家からお連れした時点で、お嬢様は既に皇帝陛下のものになっているのです。ゆえに、多少用事を済ませるために到着が遅れたとて、些末な問題なのですよ」


「はあ、そういうカンジなのね」

「ええ、そういうカンジでございます」


まあ、よくわかんないけど、領民を救うのを優先できるのなら、それに越したことはないわ。

この優秀な、政治家にして魔導師である彼がいるなら、きっと救えるはず。

おじい様が拓いたこの土地を護ってみせる。

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