窓の開口部に手を差し出すと、人工精霊はそれをスッと避けて魔導師の肩にひらりと着地した。
「せっかく開けてあげたのにぃ。ちょっとくらい手に乗ってくれたっていいじゃない」
「申し訳ございません。この手合いは主人以外を認識出来ませぬ故、どうぞご容赦を、お嬢様」
「まあいいけど……」
面白くなさそうな顔してる私に、苦笑いして見せる魔導師。
まあしょうがないわよね。
いいもん、こんど私にも作ってもらうんだから。
「欲しいですか?」
「欲しいけど……そういう見透かしたような物言い、好きじゃない」
「申し訳ございません、お嬢様」
彼、ちょっとシュンとしちゃった。
せっかく私にも作ってくれるって言おうとしたのかも、なのに。
多分私が悪いよね、これ。
「こっちこそ、ごめん……」
「お気になさらず」
彼はぼそりと言うと、二匹目の人工精霊とお話しを始めた。
すごい真剣な顔で、人工精霊の声をうんうん、と聞いている。
きっと重要な情報を持って帰ってきたのかもしれないわね。
彼が人工精霊を小瓶に戻していると、間もなく三匹目も帰ってきた。
同じように話を聞いて小瓶に戻すと、三つの小瓶をテーブルに並べて魔法の杖をちょこっと振った。
「なにしてるの?」
「エサやりです。こうして、仕事で減ったぶんの魔力を杖から補充してやっているのです」
「へえ~……。これが、この子らのごはんなのね」
魔力をもらった人工精霊たちは、小瓶の中で気持ちよさそうに伸びをしたり、丸まったりして、くつろいでいる。
「おつかれさま。ゆっくり休んでね……」
私は小瓶の外から、人工精霊たちをなでなでした。
ご主人じゃないから、うれしくはないかもしれないけれど。
「ほう。意外だな。私以外の人間に懐くなんて」
「え? そうなの? 特に変わった様子はなさそうだけど……」
彼は顎に指を添えて小首を傾げると、
「ふうむ……。先日の作業用ゴーレムの時といい、お嬢様は造られし命への慈しみが豊かな方のようだ」
「う~ん、ただかわいいなって思っただけよ?」
「普通の人間は、魔法生物を気味悪いと感じるもの。たとえ見た目が愛らしかったとしても……でございます」
「そんなものなのかしらねぇ」
「そういえば、お嬢様はあまりご友人がおられず、いつもお部屋のお人形やぬいぐるみたちと遊んでいたような」
「ま! お、おなじ年頃の子供が近くにいなかっただけよ! 失礼な」
「ふふふ。まあ、それを心配したお母上が、知人の預かった子供……つまり私を遊び相手として屋敷に時折招いて下さったのですがね」
「ふうん。そういういきさつだったのね」
「その時、私が連れていた魔法人形がこいつ、です。……見覚えはありませんか」
彼は懐から、小さな真四角の箱を取り出してテーブルの上に置いた。
すると、箱の底からにょきっとカニみたいな足が四本生え、箱の側面に目と思しき窓が開いて、もぞもぞと動き出した。
「お嬢様にご挨拶だ、サイ」
それが箱の名前なのか、ちょこちょこと足を器用に動かして私の方に向きを変えると、小鳥のさえずりのような声を出しながら、ぺこりと頭……いや体? を下げた。
「サイちゃん、というのね。初めまして。よろしくね」
私は人差し指をサイに差し出した。
すると、サイはすこし困ったように体を震わせ、主人の方をちらと見ると、おずおずと、私の指を足の先でちょこんとつついた。
「貴女が魔法生物に抵抗が少ないのは、いつも連れていたこいつのせいだと思っていたのですが……やはり覚えておられませんでしたか」
「ごめんなさい」
「いえ、たとえそうだとしても、魔法生物への愛情が今でもおありなのは、どこかでこいつのことを覚えていることの証左。サイ、良かったな。お嬢様はお前を覚えておられたぞ」
キュキュ、っと嬉しそうに鳴くサイ。
「ごめんなさいね、サイちゃん。きっと思い出せるから、待っててね」
サイはこくりとうなづくと、私の手を伝って腕の上を歩き、肩に乗っかった。
「お嬢様にサイを差し上げましょう。さきほど人工精霊が欲しい、とおっしゃっていたでしょう」
「でも、この子は貴方が子供の頃からのお友達でしょう? 頂けないわ」
「お嬢様の友達でもあったのですが。それに、当人がそう望んでいる」
サイが角ばった体で私のほっぺにスリスリしてる。
「まあ、当人がいいのなら……。ありがとう、ジェックス、サイ」
「サイをよろしくお願いします。それで、こいつのエサは……ええと、このペンダントから与えてください。数年分はもつくらいの魔力が込められています。もし切れたら補充しますので私におっしゃって下さい」
宰相兼宮廷魔導師兼幼馴染兼魔法人形の飼い主は、上着のポケットから水晶のペンダントを取り出し、私に手渡した。
「いつごはんをあげればいいの?」
「腹が減ったら自分で要求しますが、いずれ落ち着いたら空き箱などで寝床を用意して、そこに置いておけば勝手に喰らいますよ」
「まるで野良猫ね」
「似たようなものですよ。中身は猫だから当たらずとも遠からず、ですな」
「猫をモデルに作られているのね。そのわりにずいぶん四角いんだけど……」
「魂入れをしたのは師匠だけど、外側は自分で作りました。子供の頃ですから、そんなものしか作れず……」
「いいじゃない。これはこれで可愛いし」
サイが嬉しそうに鳴く。
ニャ~、とは言わないのがアレだけど。
とにかく、お世話の手間の少ないペットが出来て、この旅も少しは楽しくなりそうだわ。