というわけで、三つの陳情先の中で一番大きな町に到着した私たちは、町長の所に出向き、水問題を解決したいと申し出た。
応接室に通され、町長が来るのを待っていると、しばらくして扉が開いた。
町長は私の顔を見ると『何を今さら』と言いたげな顔でソファにどかっと腰かけた。
「あの、こちらの陳情書の件なのですが」
「領主め。娘なぞ寄越して、時間稼ぎでもする気か?」
あからさまに嫌味を言う町長に、魔導師が咳払いをする。
「失礼。私はご領主様のご依頼により、帝国より参上した宰相にして宮廷魔導師のジェックスと申すものでございます。時間稼ぎなど、とんでもございません。三か所すべて、確実に水不足を解消してご覧に入れますよ」
「きゅ、宮廷魔導師ぃ?! で、宰相? はは、まさかそんな人脈ありえん。先代様ならいざ知らず……小娘よ、私を騙して金でもせしめるつもりか?」
「それ以上、お嬢様を愚弄することはお控え頂きたい。私は皇帝陛下の命により、お嬢様をお迎えにあがったのだ。こちらは、いずれ皇帝陛下のお妃となられるお方である。無礼を詫びよ」
「ええ~…………ほ、本当、に?」
魔導師と私を交互に見る町長。
まあ、言いたいことは分かりますよ、ええ。
父が父だし。私だって同じこと言われたら疑うわよ。
「ホントホント。わたし、お隣にお嫁にいくとこなの。でも陳情先をほっとくわけにはいかないから、宰相さんが解決を手伝ってくれることになったのよ。わかった?」
「そう…………なんですか?」
「ふう、仕方ない」
魔導師はぶつぶつ言って、綺麗な金属の筒に入った書簡をカバンから取り出し、応接セットのテーブルの上にひろげた。
紙には帝国の紋章と皇帝のサインが入っていて、内容は私との婚姻に関する覚書だった。おそらくこちらは控えの文書で、同じものを父も持っているはず。
こういう面倒な場面では、権威のあるものが威力を発揮するものよね。人間、だれでも自分より強いものには弱いものだし。
「失礼いたしました! 当方でご用意出来るものなら、何でもお申し付けください」
「それでは私とお嬢様に宿を。他は……作業が始まってから、少し頼むことになりましょう」
多少モメはしたものの、どうにか町長の協力を取り付けた私たちは、再び馬車に乗り、他の二か所の集落を見て回った。
「これからどうするの?」
「人工精霊からの報告と実地調査の結果から言って、ここはプランBを採用することになりました。早速移動しましょう」
「プランB? 今はじめて聞いたんだけど」
「移動しながらご説明しますよ。時間がもったいない」
「はいはい、わかりましたよ」
私は今聞きたいんだけど、しごでき男は時間を節約するのが好きらしい。
当人としては効率的に行動してるのだろうけど、こっちはちょいちょいイライラさせられるのよね~。なんとかならないものかしら。
というわけで馬車に乗り込み、私は町で買ったお菓子を食べながらお茶を飲むことにした。
「知らない町で見たことのないお菓子を買うのって、すごく楽しいわ!」
「それはなによりでございます。では先ほどのプランBについてご説明を」
「あー、ちょっとその前に、一杯飲んでからにしない? ほらお菓子も美味しそうよ」
私が皿に乗せたお茶とお菓子を魔導師の前に置くと、彼は出がかりを潰されたのが気に入らないのか、むくれている。
「ねえ。少しは私の気持ちも分かってもらえたかしら」
「何が」
「いつも私が知りたいとき、貴方は何も説明してくれないし、先送りするし、分からないのが悪いみたいに見下したりする。そのたびに私はイライラモヤモヤするの」
「……まあ、理解は、出来ます。が」
「が?」
「これはどうしようもないことなのですが、蓄えている知識、情報を理解する力、頭の回転の速さ、互いのあいだでこれらに差があると、どうしても会話が噛み合わなくなり、いつも説明するのは私の方で、そのうち擦り合わせにも疲れ、事前に何かを言うこと自体、面倒になってしまう。その繰り返しで……」
「ああ……分かるわ、その気持ち。いくら私が父に問題をどうにかするように話しても、ちっとも分かってくれなくて、そのうち言うのもめんどくさくなっちゃった。困ってる人はそのまんまなのに……」
「案外、似たもの同士のようですな、お嬢様」
「そうね。じゃあ、プランB、教えてもらえるかしら。私も少しづつ勉強して、なるべく貴方が説明しなくてもいいように覚えるから」
「もちろんでございます、お嬢様」
というわけで、ジェックス先生の講義が始まった。