ホムンクルスの馬は、とんでもない急こう配でもスイスイと昇っていけるもののようで、目的の滝にむけ馬車は険しい山肌を走っている。
おかげで私たちの乗っている車体の方はひどく傾いて、まるで缶の中でかき混ぜられる残り少ないクッキーのような状態だった。
「シートベルトをしてください、お嬢様」
魔導師は椅子の背もたれと座面の隙間から、何か帯のようなものを引っ張りだして、先についてる金具をカチっと合わせていた。
「シートベルトってなに! きゃああ~~」
「危ない。こちら側に来て、座って、エリィ」
「ひえええ、うごけない~」
魔導師が私の手首を掴むと、ぐっと引っ張って自分の隣に私を座らせた。
「ベルトしめるよ」
と、彼は私の腰に手を回すと、椅子から帯を引っ張り出してカチリとくっつけた。
どうやらこれは体を椅子に固定するための道具らしい。
「ふう……たすかったわ」
「やれやれ」
「っていうか、こうなること分かってたんなら先に言ってくれない?」
「あ。……申し訳ございません、お嬢様」
「いいわよもう。ありがと、ジェックス」
「……いえ」
ぷいと横を向いた彼の耳たぶが、なんだか赤い。
山登りで馬車がめっちゃ揺れてるせいかしら。私も怖かったからドキドキしてるし。
そういえば騎士さんたちは大丈夫なのかしら……。
外の彼らが心配になって窓から覗いてみたら、まるで山羊のように馬がひょいひょいと荒れた山肌を昇っていく。車体がついていないぶん、身軽なのね。
「ホムンクルスが心配で?」
「だってこんな危ないとこ、馬で昇るなんて心配になるでしょう」
「連中なら体ひとつででも昇りきるのは容易い。ホムンクルスはオリジナルの何倍も丈夫で強いのです」
「……みたいね」
馬が駆け上がっていくのを見ていたら、ふと山のふもとに人影が見えた気がした。
「このあたりに水を流すのよね?」
「その予定ですが」
「でも人がいるけど」
「まさか。無人の場所を選んでルートを決めたのですよ、何かの見間違いでは」
「これだけ揺れてるし、まあ、そうかもね……」
私は少し気がかりだったけど、すぐ忘れることにした。
彼の言うことなら間違いないはずだから。
でもこの判断が後でとんでもないことを招くとは、思いもよらなかった。