私は記憶を頼りに、子供達を見掛けたあたりにやってきた。
「手分けして探して! 水が流れはじめて道がなくなって、町に戻れなくなってるかもしれないわ」
このまま水量が増えれば歩ける場所は減り、場合によっては水に落ちて死んでしまうかもしれない。
きっとみんな怖がっているに違いないわ。早く見つけてあげなくちゃ……。
「子供たち~! どこなの~! 助けにきたわよ~! 出て来て~~!」
「おーい、助けにきたぞー! 子供たちよ、聞こえるかー!」
町の方では魔導師が必死に水路をつなげている。
さんざん穴やら溝やらを堀りまくってて、彼はもうクタクタのはずね。
先に水路をつなげてから、徐々に滝の方へと穴とか溝を作っていけば余裕をもって作業が出来たろうに……。
急いで仕事を終わらせようとするあまり、水と追いかけっこをするハメになったのは彼の失態なのか、それとも。
「キュキュキュ~~~!」
私の頭の上で、サイが急に鳴き出した。
「どうしたの、サイ?」
馬を停めてもらい、サイの様子を伺った。
私がサイを手のひらに乗せると、ある方向を足で指し示した。
「あっちに子供がいるの?」
サイはこくりとうなづいた。
私と騎士さんは、サイが教えてくれた方向へと馬を走らせた。
ほどなく、木の上に子供達が昇っているのを発見できた。
頭の上にいたサイだから、上にいる彼らを見つけることが出来たのね。
子供達を全員馬車に乗せると、水の勢いが急激に増し、水路を流れていった。
少し遅れていたら、誰か溺れていたかもしれないと思うと、見つけられて本当に良かった。
町人のいる場所へと戻った私たちは、子供達を引き渡すと、工事現場にいる魔導師の様子を見に行った。
「終わったわよ」
「こちらも、間もなく」
すっかり疲労した魔導師は肩で息をしながら、切れ切れに答えた。
彼の周りには、壁を修理したときのように小さい魔法人形がいて、水路のあちこちで作業をしていた。確かに仕上げに取り掛かっているのだろう。
「エリィのおかげで助かった」
魔導師は私に背を向けて、ぼそりと言った。
「えー、なんて? きこえなーい。もっかい言って」
彼はムスっとしながら振り返り、大声で言った。
「だーかーらー、エリイのおかげでたすかったって言ったんだ!」
「そこまで大声じゃなくても聞こえるわよ。そんなに私に助けられるのが不服なの? 天才さんはプライドがお高くて困るわね~!」
「ちが、そんなんじゃ……。俺はただ……」
恥ずかしいのか、彼は帽子のつばをぐっと下げて、顔を隠した。
「ただ、なんですってぇ? きこえなーい」
「俺のミス、カバーしてくれて、あり……がと」
ふふん。
ちょっといい気分だわ。
「もーっと感謝してくれてもいいのよ?」
「わ……か、った」
それだけ言って彼は私に近寄ると、いきなり私をぎゅっと抱きしめたの。
「ちょ……っと、それ、感謝、なの?」
「婚約者への感謝のつもり……なのだけど」
婚約者?
「いやいや、私の婚約者って皇帝陛下なんでしょ? どうしてジェックスが婚約者なの? ああそっか、影武者だから皇帝の役をやってる時は私の配偶者になるんだものね。そういう話なんでしょ?」
「もう、めんどくさくなった」
「言った以上、ちゃんと感謝してくれないと困るわよ。ちょっと」
彼はアイマスクを外して、
「誰が俺を影武者だと言ったんだ? それは君の思い込みだ」
「でも……貴方は宰相で宮廷魔導師で……」
「俺がお前の正式な結婚相手なの」
「話が見えないわよ。ちゃんと説明して」
「だから俺が皇帝だ。これで理解できたか」
「わかんないわよ! なんでジェックスが、幼馴染が皇帝なんてやってんのよ」
彼は再びアイマスクを着けると、
「俺は子供の頃、継承者争いで何度も殺されそうになって、先代様を頼ってこの地に身を隠していたんだ。あー、これくらい説明したら理解できたか?」
「なるほどー……。じゃあ、なんで今さら私の前に現れたのよ」
「皇帝になったからに決まってんじゃん」
「そうじゃなくて、なんで私?」
「それ……今言わないとダメなやつか?」
「もう種明かししてもいいと思う頃合いなんだけど」
彼は、はー……と大きくため息をつくと、意を決したように言った。
「エリィは、俺の初恋の相手なんだ。だから迎えに来た。それだけの話」
真相なんて、聞いてみれば案外シンプルなもののようだけど、それにしたってまだまだ分からないことが多すぎる。
「宰相だとか宮廷魔導師だとか、そっちはどうなってるのよ」
「それも事実だけど」
「一人で三役もやってるわけ?!」
「俺、いつも命狙われたから、ホムンクルスで影武者作ったり、役人に成りすましたりして生きてきた。だから人より何倍も出来ることが多いんだ……」
「魔法の方はどうなの」
「俺を護ってくれていたのが、先代皇帝の時代からの宮廷魔導師だ。つまり俺の魔法の師匠。スジがいいからって、ジジイからありったけの術を教わった」
「なるほどね」
つまり、私の地元で暮らした時期が、彼にとって唯一、心の休まる時間だった。
そういう可愛そうな話ってことなのね。
「だから領地の事情を調査したり、私の婚約を破棄させたり、と宰相の権力を使って暗躍してたというわけね」
「暗躍とか言わないでよエリィ……。一応は君を想って……助けたくて」
多くの国を束ねる皇帝陛下が、一介の令嬢の前でモジモジしている様子は、こっけいというのは可哀想だけど、やはりちょっとカワイイと思ってしまう。
「じゃあ、本国にいるのは、みんな替え玉ってわけね」
「ああ。宰相も皇帝も全部、ホムンクルス。それでも仕事はちゃんと回ってるはずだ。そのように作ってるのだから」
「やだわ~、優秀すぎる男~よゆ~がイヤミだわ~」
「なんで! あんまりだよ!」
「冗談よ。でも少し思い出せたかも。ジェイ」
「!」
ジェイ。それが彼の幼少期の愛称。
「まだ名前しか思い出せないけど、おいおい、ね」
「エリィ!」
感極まった彼に、おもいっきり抱きしめられてしまう私。
皇帝陛下の愛が重い。