村の静寂は、一時の嵐によって破られたかに見えた。
だが、アリステリアの手によってその嵐は収束し、再び平穏な日常が戻りつつあった。
――しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
村人たちが魔物の死骸を片付け始めたその夜、再び地響きが大地を揺らした。
「……まだ残党が?」
アリステリアは眉をひそめ、手にした紅茶をそっと置いた。 だが、それは先ほどの襲撃とは異なる。 空気が重く、寒気を伴う瘴気が空を染めていた。
そして、村の入り口に現れたのは、漆黒の鎧を纏った巨躯の男。 その瞳は血のように赤く、口元には不敵な笑み。
「……まさか、あなたが来るとは思いませんでしたわ」
アリステリアは静かに呟く。
「我が名はグラドス。魔王軍の総帥にして、魔王である」
男は名乗りを上げながら、周囲の魔物たちを従えていた。 その圧倒的な威圧感に、村人たちは息を呑む。
「小娘一人に、我が軍が蹴散らされるなど……愉快だな」
グラドスの声には、怒りではなく興味があった。 それが逆に、彼の底知れぬ強さを感じさせた。
「その鞭の使い手……アリステリアとやら。お前がこの静寂の守護者か?」
アリステリアはドレスの裾を軽く払い、堂々と彼の前に立つ。
「静かな午後を守るためなら、どなたが来ようと関係ありませんわ」
その冷たい瞳と毅然とした口調に、魔王は微かに眉を動かした。
「面白い。では、我が軍の主として、お前を認めるに足るか、試させてもらおう」
魔王の手がかざされた瞬間、周囲の空気が凍る。 漆黒の魔法陣が展開し、凶悪な魔力が村を包む。
だが――アリステリアは動じなかった。
「下品な演出ですこと。静けさが損なわれる……」
びしっ、と風を裂く音。 アリステリアの鞭が魔王の肩口を鋭く打ち据えた。
「……っ!?」
魔王は一瞬、信じられないという表情を浮かべた。 魔王としての自負が打ち砕かれたその瞬間――再び、鞭が振るわれた。
「礼儀も品位もなく村に土足で踏み込んだその無礼、私が躾けて差し上げますわ」
びしっ、びしっ、と容赦ない制裁が続く。
「ま、待て! 貴様、何を……っ!?」
「許しませんわよ。静寂を乱す者など」
魔王は膝をついた。 その威厳は崩れ、彼は恐怖に瞳を揺らした。
「や、やめてくれっ……女王様っ!」
その叫びに、アリステリアは一瞬きょとんとする。
「……女王様?」
魔王はそのまま地に伏し、震えながら叫ぶ。
「もう乱しません……っ!静寂でも紅茶でも何でも守りますっ!ですから、もう少しだけ、慈悲を……っ!」
アリステリアはため息をつき、鞭を納めた。
「……本当に、騒がしい方ですこと」
そして、紅茶のカップを再び手に取った。 彼女の午後は、ようやく再開される。
こうして、魔王は“静寂の守護者”に敗れ――その名を恐れ、敬い、 彼女を“女王様”と呼び始めたのだった。