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第11話 魔王、女王様と呼ぶ

村の静寂は、一時の嵐によって破られたかに見えた。


だが、アリステリアの手によってその嵐は収束し、再び平穏な日常が戻りつつあった。


――しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。


村人たちが魔物の死骸を片付け始めたその夜、再び地響きが大地を揺らした。


「……まだ残党が?」


アリステリアは眉をひそめ、手にした紅茶をそっと置いた。 だが、それは先ほどの襲撃とは異なる。 空気が重く、寒気を伴う瘴気が空を染めていた。


そして、村の入り口に現れたのは、漆黒の鎧を纏った巨躯の男。 その瞳は血のように赤く、口元には不敵な笑み。


「……まさか、あなたが来るとは思いませんでしたわ」


アリステリアは静かに呟く。


「我が名はグラドス。魔王軍の総帥にして、魔王である」


男は名乗りを上げながら、周囲の魔物たちを従えていた。 その圧倒的な威圧感に、村人たちは息を呑む。


「小娘一人に、我が軍が蹴散らされるなど……愉快だな」


グラドスの声には、怒りではなく興味があった。 それが逆に、彼の底知れぬ強さを感じさせた。


「その鞭の使い手……アリステリアとやら。お前がこの静寂の守護者か?」


アリステリアはドレスの裾を軽く払い、堂々と彼の前に立つ。


「静かな午後を守るためなら、どなたが来ようと関係ありませんわ」


その冷たい瞳と毅然とした口調に、魔王は微かに眉を動かした。


「面白い。では、我が軍の主として、お前を認めるに足るか、試させてもらおう」


魔王の手がかざされた瞬間、周囲の空気が凍る。 漆黒の魔法陣が展開し、凶悪な魔力が村を包む。


だが――アリステリアは動じなかった。


「下品な演出ですこと。静けさが損なわれる……」


びしっ、と風を裂く音。 アリステリアの鞭が魔王の肩口を鋭く打ち据えた。


「……っ!?」


魔王は一瞬、信じられないという表情を浮かべた。 魔王としての自負が打ち砕かれたその瞬間――再び、鞭が振るわれた。


「礼儀も品位もなく村に土足で踏み込んだその無礼、私が躾けて差し上げますわ」


びしっ、びしっ、と容赦ない制裁が続く。


「ま、待て! 貴様、何を……っ!?」


「許しませんわよ。静寂を乱す者など」


魔王は膝をついた。 その威厳は崩れ、彼は恐怖に瞳を揺らした。


「や、やめてくれっ……女王様っ!」


その叫びに、アリステリアは一瞬きょとんとする。


「……女王様?」


魔王はそのまま地に伏し、震えながら叫ぶ。


「もう乱しません……っ!静寂でも紅茶でも何でも守りますっ!ですから、もう少しだけ、慈悲を……っ!」


アリステリアはため息をつき、鞭を納めた。


「……本当に、騒がしい方ですこと」


そして、紅茶のカップを再び手に取った。 彼女の午後は、ようやく再開される。


こうして、魔王は“静寂の守護者”に敗れ――その名を恐れ、敬い、 彼女を“女王様”と呼び始めたのだった。






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