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第12話 魔王、忠犬になる

「……本日も、門前で正座しておられますぅ……」


そう報告してきたのは、かつて“聖女”と呼ばれていたメイド──ミレイユだった。今ではアリステリアに忠誠を誓う、一見しおらしい、実のところ非常に困った性癖を持つ従者である。


「正座……ねぇ。何時間目かしら?」


アリステリアは午後の紅茶を口にしながら、ふうと小さくため息を吐いた。


「日の出とともに始めたと、本人が……昨日より正座の角度が深く、反省の念が増していると……」 「反省の表し方が、まるで古の修行僧ですわね」


ミレイユはその様子を目を細めて見ていた。


「ですが、女王様……あ、アリステリア様。あの様子を放っておくのは、さすがに……。見るに堪えませんぅ……っ」 「あなたはその様子を見て、若干うっとりしていたように見えましたけれど?」


ミレイユはぷいと顔を背けた。


「ご本人、こう申しておりました。『私は女王様の忠犬……この命、何にでも使ってください……』と……っ」


「犬にするなら、もっとしつけが必要ですわね」


アリステリアは椅子から立ち上がると、すっとスカートの裾を払った。


「お呼びしますか?」 「いいえ、行きますわ。……面倒ごとを長引かせたくありませんし」


そして館の扉を開くと、そこには──


「ごきげんよう、女王様! 本日も麗しゅうございます!」


見事な土下座と共に、魔王が額を地面にこすりつけていた。


「……まず一つ、訂正します。私は女王ではありません」


「しかしながら、この胸の高鳴り! 女王様以外に呼びようがありません!」


「はあ……まったく。忠誠を誓うと言っていたのは本気なのですか?」


「当然でございます! 私は、女王様の仰せのままに!」


その熱量に、後ろでミレイユがうっとりと手を握りしめている。


「では、一つだけ命じますわ」


魔王がガバッと顔を上げる。


「この国に、ひとりだけ──私の気に入らない男がいます」


「ほう……?」


「顔を見るだけで不快ですの。声を聞くだけで紅茶の味が変わります」


魔王の唇がにやりと吊り上がった。


「名前を。その者の名を、女王様──!」


「……レオナード。王太子、ですわ」


「御意──!!」


魔王はその場で勢いよく立ち上がり、ばさりとマントを翻して消えていった。


アリステリアは紅茶のカップを指にかけ、ぽつりとつぶやいた。


「……せめて、午後のお茶の時間だけは静かに過ごしたいものですわね」


後ろでミレイユが、感極まったように呟く。


「さすが女王様……素敵すぎますぅ……」


──こうして、アリステリアの周囲はまた一段と騒がしさを増すのだった。




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