「……本日も、門前で正座しておられますぅ……」
そう報告してきたのは、かつて“聖女”と呼ばれていたメイド──ミレイユだった。今ではアリステリアに忠誠を誓う、一見しおらしい、実のところ非常に困った性癖を持つ従者である。
「正座……ねぇ。何時間目かしら?」
アリステリアは午後の紅茶を口にしながら、ふうと小さくため息を吐いた。
「日の出とともに始めたと、本人が……昨日より正座の角度が深く、反省の念が増していると……」 「反省の表し方が、まるで古の修行僧ですわね」
ミレイユはその様子を目を細めて見ていた。
「ですが、女王様……あ、アリステリア様。あの様子を放っておくのは、さすがに……。見るに堪えませんぅ……っ」 「あなたはその様子を見て、若干うっとりしていたように見えましたけれど?」
ミレイユはぷいと顔を背けた。
「ご本人、こう申しておりました。『私は女王様の忠犬……この命、何にでも使ってください……』と……っ」
「犬にするなら、もっとしつけが必要ですわね」
アリステリアは椅子から立ち上がると、すっとスカートの裾を払った。
「お呼びしますか?」 「いいえ、行きますわ。……面倒ごとを長引かせたくありませんし」
そして館の扉を開くと、そこには──
「ごきげんよう、女王様! 本日も麗しゅうございます!」
見事な土下座と共に、魔王が額を地面にこすりつけていた。
「……まず一つ、訂正します。私は女王ではありません」
「しかしながら、この胸の高鳴り! 女王様以外に呼びようがありません!」
「はあ……まったく。忠誠を誓うと言っていたのは本気なのですか?」
「当然でございます! 私は、女王様の仰せのままに!」
その熱量に、後ろでミレイユがうっとりと手を握りしめている。
「では、一つだけ命じますわ」
魔王がガバッと顔を上げる。
「この国に、ひとりだけ──私の気に入らない男がいます」
「ほう……?」
「顔を見るだけで不快ですの。声を聞くだけで紅茶の味が変わります」
魔王の唇がにやりと吊り上がった。
「名前を。その者の名を、女王様──!」
「……レオナード。王太子、ですわ」
「御意──!!」
魔王はその場で勢いよく立ち上がり、ばさりとマントを翻して消えていった。
アリステリアは紅茶のカップを指にかけ、ぽつりとつぶやいた。
「……せめて、午後のお茶の時間だけは静かに過ごしたいものですわね」
後ろでミレイユが、感極まったように呟く。
「さすが女王様……素敵すぎますぅ……」
──こうして、アリステリアの周囲はまた一段と騒がしさを増すのだった。