「だから女というものは感情で動いてばかりで──」
城の広間で、王太子レオナードの声が響いていた。彼の前に立たされた侍女は、怯えた表情で俯いている。その様子を見て、王子は満足げに顎を上げた。
「わかりましたら、これからは私の命令には逆らわず、黙って従いなさい。良いな?」
だが次の瞬間、広間の空気が変わった。
「……誰だ、お前は」
いつの間にか、巨大な黒い影が背後に現れていた。レオナードが振り返ると、漆黒の甲冑をまとった異形の男が、無言で彼を見下ろしていた。
「……衛兵! 何をしている! 不審者だ、すぐに捕らえ──」
叫びを上げる暇もなく、レオナードの体は浮き上がった。
「ひ、ひぃ!? 何を──! 貴様、何者だっ!? 無礼者め、離せ、王太子だぞ、私はっ!」
だが返事はない。異形の男はそのまま空間に魔法陣を展開すると、レオナードを担いでその中心へと飛び込んだ。
眩い光とともに、その姿は忽然と掻き消えた。
……。
「うっ……ここは……」
気がつくと、レオナードは冷たい岩肌の上に転がっていた。
「な、なに? どこだここは……?」
見渡せば、海、海、海──ぐるりと360度、地平の彼方まで続く青い大海原。そして自分がいるのは、満潮時には膝上まで海水に浸かりそうな、小さな岩礁の上だった。
「ふざけるな……! 誰だ! ここはどこだ! 王子である私をこんな場所に連れてきて、無礼にも程があるぞっ!」
叫んでも返事はない。ただ、遠くに見える陸地のような影で、焚き火と賑わいの気配が感じられる。何か、肉が焼けるような香ばしい匂いが風に乗って届いてくる。
「おいっ! そこにいるのは誰だ! すぐに私を迎えに来い!」
その時だった。耳に馴染みのない声が、どこからともなく響いてきた。
「──ようこそ、孤島へ。王太子殿下」
「な、なんだ、貴様……っ! 姿を現せ!」
「ふふ……私はただの、通りすがりの忠義者でして」
意味深な言葉と共に、岩の陰から仮面をつけた男が現れた。
「誰だ! 貴様、どこの国の者だ! この私にこんな真似をして、ただで済むと思っているのか!」
仮面の男は首を傾げた。
「いいえ。済ませるつもりはありませんとも。殿下には、反省していただきます。己の愚かさと傲慢を──静かに、じっくりと」
「は、反省? 私が? 馬鹿を言うな、誰のおかげで貴様らが生きていられると思っているんだ!」
「ええ……王子様のおかげで、私どもはとても楽しく、今日という日を迎えられたのです」
その仮面の奥に、冷たい微笑が浮かんでいるような気がした。
「では、ごゆっくり」
再び魔法陣が光り、男はその場から消え去った。
取り残されたレオナードは、海風に吹かれながら、全身で孤独を味わっていた。
「……誰か……誰かいないのか……! 寒い……熱い……腹も減った……水も……」
誰も返事をしない。足元に打ち寄せる波音だけが、静かに鳴り響いていた──。