「お、おい……!? ここはどこだ!? 誰かいないのかっ!」
目を覚ました王太子レオナードは、荒れた海風に煽られながら、周囲を見渡した。 海、海、また海。見渡す限り、青い波が岩場を打ちつける。
彼の足元は、わずか一平方メートルほどの岩礁だった。周囲に陸地は見えない。潮が徐々に満ち始めており、冷たい海水が足元を濡らしている。
「な、なにこれ!? どういうことだ!? ここは……無人島!? いや、島ですらないっ……岩だ、ただの岩じゃないか!」
狼狽するレオナードは、四つん這いになって岩の上を這い回る。 「助けろぉぉぉぉっ!!」
だが、返事はない。
ふと彼の視界の先、海の彼方に黒々とした影が見えた。 大きな船。いや、それは魔王軍の巨大な軍船だった。甲板では、魔族たちが思い思いに楽しそうに酒を飲み、肉を焼いていた。
「おいっ! そこの船! 助けろ! 王太子の命令だ! 聞こえてるだろう!? この俺をここから出せえええ!!」
彼の叫びに、船の甲板で魔族たちが望遠鏡を向け、口々に笑う声が返ってきた。
「おお、動いた動いた」 「王子様、いい感じで蒼ざめてきたな」 「満潮はもうすぐ。腰くらいまでくるぞー」
「な、なにぃ!? 満潮!? ま、まさかこのまま水が……! お、おぼれ……死ぬ……っ!」
水かさはすでに膝を超え、足元は波に洗われて滑り始めていた。レオナードは必死でしゃがみ込み、岩にしがみつく。
「ふざけるなぁっ! 貴様ら、俺が誰だと思っている! 王家の第一王子ぞ!? 未来の国王になる男ぞ!? こんな仕打ち、ゆ、許されると思っているのかっ!」
その様子を、アリステリアは静かに魔法鏡で眺めていた。
「ふふ……少しは性根を叩き直せましたかしら」
魔法鏡の隣では、ミレイユが紅茶を淹れていた。
「女王様。あの方……本気で震えておられます」
「私は女王ではありません。これ以上、そう呼んだら──紅茶、抜きですわよ」
「はいっ! 喜んで従いますっ!」
アリステリアは鏡に映る王太子の哀れな姿を見つめながら、呟いた。
「死なせるつもりはありません。ですが、彼が自分の罪を理解するには……この静かで孤独な岩の上が、最適な教育の場ですわね」
実際、潮位が最も高くなっても水は膝上まで。 しかし、それを知らぬレオナードは、死を覚悟していた。
「うああああああっ!! 誰かああああっ!! 助けてぇぇぇぇっ!!」
空しく波の音が響く中、彼の悲鳴だけが岩場に木霊するのだった。