怒声が響き渡る。どうやら喧嘩のようだ。
この港ではよくある話である。
イノセンティオは音のする方に足を進める。
こういういざこざの仲裁、もしくは鎮圧も騎士団の仕事である。
海戦で活躍できなければせめて、地上での雑用を頑張るかという気持ちもあった。
黒い大きな船の前に人だかりができている。
その中には二人の人影。
遠巻きにして水夫たちがその二人をけしかけていた。
思った通り、喧嘩らしい。
人混みを手で払い前へと割り込むイノセンティオ。
水夫は不機嫌そうに振り向くものの、イノセンティオとわかると態度を崩す。
「こりゃあ、副騎士団長様。こんな塩臭いところにわざわざお越したぁ」
水夫を見つめるイノセンティオ。その言葉に他意はないのだろうが、嫌味に感じてしまう。
「喧嘩か」
イノセンティオの言葉に頷く水夫。
「これは見ものですぜ。金をとっても見たいくらいの喧嘩でさぁ」
いちいち気に障る水夫であった。
イノセンティオはその言葉を流しながら、前を見つめる。
一人は水夫らしい。それなりの格好から海軍の下士官というところだろうか。背はさほど高くはないがその膂力は尋常ではなさそうに見えた。腕は胴のように太く、足は丸太のように太かった。顔にはいくつもの傷があり、もしかしたら海賊上がりかもしれないという雰囲気があった。目は赤く充血し、息も荒い。まるで猛牛のような水夫であった。
イノセンティオは首を傾げる。
このような豪傑のものに喧嘩を挑むとは――なんとも無謀なやつであろうと。
興味を持って、猛牛に戦いを挑む相手に視線をうつす。
いない。
いないのだ。下士官の前に人の姿が。
いや、いた。
あまりにも小さい体なために、気づくのが遅れた。
下士官よりも一回りも二回りもほど小さい体。
イノセンティオはわが目を疑った。
「ね、面白いでしょう。牛と兎の喧嘩でさぁ。しかも兎のほうが――女の子供とくりゃあ」
水夫の下卑た言葉に今度は耳を疑う。
『兎』と呼ばれた小さい方は――女なのか。
目を凝らすイノセンティオ。
長めのマントを羽織った少女。
少年に見えなくもないが、腕の細さなどからたしかに少女に見えた。
腰には剣をさしてはいるが、それを抜こうともしない。
一方、猛牛の下士官は両手を前に構え飛びかからんばかりの勢いだった。
「謝れ。今なら許してやらんでもない。さもなくば、その小さい体を八つ裂きにしてやるぞ。女とはいえ容赦せぬ。衣服ごと素手で割いてやる」
少女は静かに小さく首をふる。
いけない!とイノセンティオは刀の柄に手をかける。
あの表情は脅しではない。
次の瞬間、血だらけになる少女の姿を脳裏に描くイノセンティオ。
しかし、眼の前には全く逆の姿が開けていた――