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第十一話 自分の部屋のベッドは、二人で悠々寝られる広さだぞ

「最初に言っておくけど、わりとびっくりすると思うから」

「びっくりする部屋というのが、見当もつかないのだが? 汚れているのか?」


 玄関から見て、この隠れ家の一番奥にある部屋。家のサイズを考えれば、広くてもアルフィエルの部屋の倍はないはず。


 一体なにが問題なのかと、首を傾げるアルフィエル。


「そういう方向じゃないんだけど……。まあ、見た方が早いか」 


 扉を開けると、そこは森だった。


 部屋自体が、ルーンで拡張されているのだろう。

 部屋の端も天井も見えない広大な空間に、鬱蒼と木々が生い茂っている。


 どこからともなく木漏れ日が差し、下生えが絨毯の変わりとなって足を優しく労り、青々と茂った葉は目に優しい。


 トールは、鎮守の森という言葉を連想した。


 ただし、自然そのものというわけではない。


 切り株を加工したテーブル。

 高さも大きさも自在に変えることができる、魔法のテーブルだ。


 蔦と枝で編まれたソファ。

 座った物の体型に合わせて自動的に形を変え、心身ともにリラックスさせる。


 太い木の幹には、目をこらすと扉が隠されていることが分かった。そこを開けると衣装タンスなどとして使用できるスペースがある。本を収納するのも、いいかもしれない。


 そして、真っ白なシーツに包まれた干し草のベッド。

 ちくちくと肌を刺すこともなく、人の重みで潰れることもない。包み込むように柔らかく、ほのかに薫る草の香りが眠気を誘う。


 作り物ではあるが、本物の自然がそこにはある。


 ここが、隠れ家の本来の持ち主であるトールの師が作り上げた自室で、トールの部屋となる空間だった。


「ま、こんな山奥の中で、自然に囲まれたもないけどな」

「そうだろうか? いかにも、エルフらしい趣向ではないか」

「それはちょっと違いますよ、アルフィエルさん」

「どういうことだ、トゥイリンドウェン姫?」


 答えたのは、リンではなくトール。


「うちの師匠は、ぶっちゃけるとかなりのクズだったわけだが……」


 悪し様に言っても、悪意は――意外と――感じない。

 立場が逆転してしまうが、やんちゃな弟を語る兄のようだった。


「具体的な所行は言えないが、宮廷刻印術師でありながら、エルフの伝統とかライフスタイルなんか心の底から下らないと思ってる、第二次反抗期が遅れてきたどうしようもない老人だと思って欲しい」

「いきなり想像しづらい人格なのだが……」

「で、そんな師匠がいかにもエルフっぽい部屋を作るというギャップに諧謔を感じ、悦に入って作った部屋がこれだ」

「……わけが分からん」

「だって、虫も他の動物も徹底的に排除してるんだぜ? なにが自然だよ。皮肉以外のなにものでもねえだろ」

「確かに、そのようだが……」


 実直なアルフィエルには、まったく理解できない流れ。

 善良さから生じる、機微の通じなさ。それが幾重もの呪いをかけられる遠因となったのだが、気付くことはなかった。


「エルフの生活が嫌なのならば、それこそドワーフの住処のように地下坑道を模した部屋でも作ればいいではないか?」

「あの方は、エルフ嫌いでしたが、ドワーフはもっと嫌いでしたからね~」

「いや、違うな。あれは、自分のこと以外、どうでもいいと思っている人種だ。俺に刻印術の手ほどきをしたのも、後継者というスケープゴートが欲しかっただけだからな」


 真実は異なるかも知れないが、弟子に仕事を残して失踪したとあっては、否定する材料もない。

 そう考えれば、トールの評価もまだ柔らかいものかもしれなかった。


「……壮絶なキャラクターであることは理解した」


 正確には、理解できないことを理解したのだが、アルフィエルにはもっと大事なことがある。


「それよりも、ご主人は、本当にこの部屋でいいのか?」

「まあ、住めば都って言うし」


 実は入り口から動いていなかったトールが、肩をすくめて肯定した。


「よくよく考えれば、家から出ずに自然を満喫できるってことだもんな」

「知ってます! トールさん、それ異世界で引きニートって言うんですよね!?」

「ああ。労働を放棄し、家を守護する。選ばれた者のみが得られる称号だ」

「それは、軟禁と一緒ではないか?」

「アルフィ、違うに決まってるだろ。自分から引きこもりに行っているんだからな。他殺と自殺ぐらい違う」


 アルフィエルが微妙な表情を浮かべるが、「あっ!」という、リンがなにかに気付いた声でかき消された。


「トールさん、トールさん。ということは、ということはですよ?」

「……やだなー。その続き、聞きたくないなー」

「私が自主的に、この部屋の一角を使わせてもらうのは、全然ありってことになりませんか? なりますよね?」

「…………」


 トールは答えられなかった。


 否定すれば、泣かれる。それは避けたい。

 肯定すれば、棲み着く。座敷わらしのように。


「ご主人、自分の部屋のベッドは、二人で悠々寝られる広さだぞ」

「……一瞬惹かれたけど、そうなったらそうなったで、その部屋の片隅にはリンがいることになるぞ」


 トールとアルフィエルは、その様を想像する。


「違和感が仕事しねえ……」

「むしろ、しっくりくるな……」


 最弱無敵。


 そんな矛盾する四字熟語が、トールの脳裏を過った。

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