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第十二話 クローズドサークルな山奥の隠れ家なのに、オープンワールドな設備を用意しやがって

「地下室まであったのか。随分と手間暇をかけた家なのだな」

「師匠は、工房にするつもりだったんじゃないかと思ってる。直接聞いて確認したわけじゃないけどさ」


 木製だがしっかりとした階段を下りながら、トールは推測を口にした。光量に不安があるので、少し足下を気にしながら。


 地下室への扉は、トールの部屋にあった。

 リンを4人ほど並べても、手と手が届かないほどの大木。その幹に手を触れると、地下への階段が姿を現したのだ。


「あのお方なら、必要がなくとも伊達と酔狂で作ってしまいそうですが」

「あり得る」

「つくづく、ご主人のお師匠なのだなぁ」

「ああ。俺も、悪い影響を受けてしまったんだろうな」


 下手に否定するよりは、肯定して被害者になったほうがいい。

 その判断は妥当かもしれなかったが、後に続くダブルエルフはノーコメントだった。


 解せない。


 しかし、抗議をする余裕はなかった。


 下り階段は終わり、地下室に到着したのだ。

 排水タンクは別の場所にあるため、トールも地下室に入るのは初めてだった。


「《カラド》」


 確証はなかったが、どうせあるんだろうと当たりを付けて、《燈火》のルーンを起動させた。


 当然というか、地下室が光に包まれる。


「むむむ。目を慣らすのに、時間がかかるな」

「ですぅ」


 明かりに照らされまぶしそうにする、アルフィエルとリン。


 トールは彼女たちに場所を譲りつつ、地下室を進みながら周囲を見回す。


「一応、普通の地下室みたいだな」


 天井に木の根が張っているが、壁や床は平らな石で覆われ、いくつかの区画に仕切られた普通の地下室だった。


 ……と、考えたのはトールだけ。


「はうわっ。びっくりしました」

「……荘厳だが、いきなりだとぎょっとするな」


 地下の最初の部屋は、五と一の大神を祭った小規模な礼拝堂だった。


 太陽と天空の女神、地上にルーンをもたらしたとされる、慈悲深きエイルフィード。

 月と闇の女神、死者の魂を守護し安寧を与える、弱者の庇護者リュリム。

 大地と豊穣の女神、世界で最も広く信仰されている、愛を司るマルファ。

 水域と時の女神、幸運神としても信仰を集める“留まることなき”ヘルエラ。

 星と秩序の女神、公平にして苛烈なる英雄神ヴァランティーヌ。


 そして、名を秘されし始まりと終わりの大神。


 他にも、様々な下級神・従属神の像が祭壇に安置され、特別に燭台もいくつか置かれていた。規模こそ小さいが、汎神殿と呼んでいいかもしれない。


「師匠にしては、普通の地下室だろ?」

「なるほど。覚悟の違いか……」


 なにが出てきても不思議ではないと、用心していたトール。

 一方、リンとアルフィエルはそこまでではなかった。その差だった。


「さすがの師匠も神像に仕掛けはしてないだろうから、次の部屋に行こう」


 神に軽く祈りを捧げてから、トールたちは礼拝堂を出る。


 壁一枚隔てた次の部屋には、俗に錬金台と呼ばれる、創薬術作業台が置かれていた。周囲の棚には、素材や触媒も乱雑に仕舞い込まれている。


 これにアルフィエルが、反応しないはずがない。赤い瞳を目一杯見開き、餌をねだる犬のようにトールへ詰め寄った。


「ご主人、ご主人」

「分かってる、分かってる。好きに使っていいよ」

「ははは。催促をしてしまったようで申し訳ない。しかし、ここまで本格的な錬金台なら、新薬の調合にも挑戦できそうだ。残された触媒も一級品だし、おお……。これは、ガンリュウの根では!?」


 興奮気味のアルフィエルだが、それも無理はない。


 発見済みのレシピに従えば、素材と触媒。そして、術者の魔力を通すことで最低限の効能は保証される。


 それが、この世界の創薬術なのだ。


 極端な話、森で必要な素材を集めれば、移動しながらでも調薬はできる。


 つまり、薬師の修業とはレシピを憶えることとイコールであり、憶えた後は、いかに効果の高い薬を作れるようになるかが鍵。


 普通の薬師は新薬の調合に手を出すようなことはなく、それができる設備はある種の憧れ。

しかも、見たところ、抽出機、混合容器、乾燥、冷却など必要な設備がきちんと揃っている錬金台だ。


 そこに、希少な素材が加われば、いくらアルフィエルでもこうなってしまうのだろう。


「落ち着け、アルフィ」

「……そうだな。まずは、石鹸辺りから作るとしよう」

「一瞬で落ち着きましたね!?」


 その落差に、リンは驚いてつんのめった。

 だが、それを黙って見逃すトールではない。反射的に伸びた手は見事にリンの襟首を掴み、転倒を防止する。


「えへへ……」

「今度は守れたな……」

「なんだか済まぬ」


 主人の手を煩わせてしまったこともそうだし、猫のようにぶらんとして喜んでいるリンにも罪悪感しかなかった。


「大丈夫です! 私は得しかしていませんので!」

「それはそれでどうなんだ」


 トールはリンをリリース――大きく育って欲しい――し、次の部屋へと向かった。

 アルフィエルと、少し遅れてリンがその後をついていく。


「ここが最後の部屋っぽいな」


 木製の厚めの扉。

 それを開いた先には、一番奥に帆布がかけられた一角があった。


 だが、一番目を惹くのは、部屋の中心にある緑色の炎が噴き出す大きな金属製の火鉢だろう。

不思議なことに、熱もなにかが燃えているような匂いも感じない。


「ご主人、《空調》のルーンで空気が清浄に保たれているから……というわけではなさそうだな」

「ああ。なんか、師匠から聞いたことが……」


 記憶を呼び起こすようにこめかみを叩きながら、トールが口を開く。


「魔力の炎に一定時間晒すだけで、武器とか防具に魔力付与できる火鉢があるって」

「……刻印術には関係ないように思えるのだが」

「高度な刻印術を施すには、物にもそれなりの質が必要だから。それで、設置したのかもしれない」


 見当はついたが、それにしても、刻印術師の隠れ家にしては大仰な設備だった。


「やっぱ、工房として使うつもりだったのか? それなら、あっさり俺に譲ったのが謎なんだが」

「もしかしたら、トールさんへの迷惑料代わりかもしれませんね」

「それはない……。いや、逆にあるか」


 そんな気配りをするような師ではなかったが、うるさい反論を封じるため迷惑料を盛ったというのは充分ありうる話だ。


「ご主人の師匠がどんな人間かは、今ひとつ分からないが、妥協をしない御仁だったようだな」


 アルフィエルが部屋の奥の帆布を取り払うと、溶鉱炉と金床、作業台が姿を現した。


「いや、溶鉱炉なんて危なくて使えない……って、ルーンが刻まれてるな」

「ご主人、使えそうか?」

「ああ……。できると思う」


 鉱石を一定量入れると自動的にインゴットが完成する、《溶解》と《製錬》のルーンが刻まれたドーム型の溶鉱炉。


 それを加工する金床や作業台にも《熟練》や《補助》のルーンが刻まれており、トールのような素人でも簡単な家庭用品や農具は作成できそうだった。


「クローズドサークルな山奥の隠れ家なのに、オープンワールドな設備を用意しやがって」

「なにを言っているかは分からないが、鍛冶仕事なら多少の心得はある。自分に任せてもらおう」

「マジで?」

「うむ。山育ちゆえ、この程度はこなせるぞ」


 絶対に山は関係ないと断言できるが、経験者がいるのなら心強い。


「はい! トールさん! 私は、全然、できません!」

「おう! 知ってるぞ」


 リンが謎の自己アピールをするが、アルフィエルは気にしていない。


 驚かされることもあった。

 存在意義に悩んだこともだ。


 しかし、この地下の施設で自らの有用性は立証されることだろう。


 勝利。


 その二文字が、アルフィエルの脳裏に浮かぶ。


「ふふふ。もはや、試用期間を乗り切ったも同然」

「そう言われると、反逆したくなる……」


 だが、実行するほどトールも子供ではなかった。


「さて。これで、建物探訪は終わりだな」

「実に、ためになった」

「私も、楽しかったです!」


 リンが元気に飛び上がってアピールするのを横目に、アルフィエルが手を挙げた。


「では、自分はそろそろ昼食の準備でも始めよう」

「もうか?」

「うむ。昼は、川で魚を取ってくるつもりだ」


 楽しみにしていてくれと言い残し、先に地下室を出ていくアルフィエル。

 トールとリンは、それを見送った。


「アルフィエルさんのお料理、楽しみですねぇ」


 もちろん食べて行くつもりのリンが、トールを振り返ってにこっと笑う。


「ちなみに、トールさんは、一人でどんな料理をするつもりだったんです?」

「ん? 一人暮らしだったから、ある程度はできるぞ。なんか適当に肉とか野菜とか炒めたり、パスタにオリーブオイルとかチーズかけたりとかな」

「アルフィエルさんとは、良いご縁でしたね」


 エルフ特有の言い回しで、本当に良かったと胸を撫で下ろす。


 楚々として、高貴さすら感じられる。


 真顔のリンという珍しい現象を目の当たりにし、トールは驚くより先に、見惚れてしまった。

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