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第十三話 異世界転移して、本当に良かった……

「こんな魚がいる川が、近くにあるんだなぁ」


 塩が振られたぱりっとした皮を食い破り、柔らかくて脂のある身を味わってから、トールは感心した様に言った。


 こちらでどう呼ばれているのか分からないが、サークルでキャンプに行ったときに食べた岩魚とよく似ている。

 アルフィエルの調理がいいのか、その時よりも美味しいように思えた。


 塩と脂。最高に不健康で、最高に美味い。


「俺も、ちょっと外に出てみようかな」


 行儀悪く串を握っていた指を舐めてから、トールはすいとん風のスープを啜った。


 朝のスープの残りだが、飽きは来ない。この二食だけで、アルフィエルの実力は確認できたと言っていいだろう。

 リンが言った通り、『良いご縁』だったことは、認めざるを得なかった。


「え? トールさんが外に興味を」

「ご主人、川の存在自体を知らなかったような口振りなのだが……。歩いて10分もかからない場所だぞ?」


 一心不乱に食べていたリンと、舌鼓を打つ二人を慈愛に満ちた表情で眺めていたアルフィエル。

 ダブルエルフが、それぞれ違ったベクトルで驚きを露わにした。


「俺だって外に興味を持つし、仕事があって下見の時には長居できなかっただけだ」

「いいことだと思います! 少し、心配してたんです」

「心配?」


 リンに心配されるとは、どういうことなのか。トールは、驚きよりも興味が大きかった。


「だって、客人まろうど様といえば、冒険者だ、ハンターだ、魔王討伐だって飛び出していくのが定番だって聞きますよ? それなのに、トールさんは来る日も来る日もルーンルーンルーンじゃないですか。いえ、私としてはずっと一緒でラッキー……って、ああっ、不健全なトールさんを喜ぶだなんて、私はなんて罪深いっ」

「俺は、そんなに若くないんだよ。刻印術は、あんまり戦闘向きじゃないし。あと、リンに罪はない」

「許されました!」


 勝手に沈んだリンが、一言で浮上してきた。

 なんだかんだと、人の話をちゃんと聞いてるんだよな……と、トールは感心する。


「それで、いいことだとは思うが、なぜ外を見て回ろうと思ったのだろうか?」

「昔やったゲームで、家を出た瞬間に巨人とか山賊に襲いかかられたりしたことを思い出したんでな」


 養子にした子供を怖がらせないよう、近くの川に退治した山賊の死体を流しに行ったのもいい思い出だ。ゲーム的には、まったく意味のない行動なのだが。


 それ以前に、選んだ土地が悪くて、その養子からは近くの沼から怪物が出てきて怖いと言われる自宅だった。


 などと言っても、アルフィエルには理解できまい。


「そこまで治安は悪くないだろうけど、一応、自分の目で見て回りたいと思ったんだよ。背景に使えるかも知れないし」

「背景とは?」

「要するに、絵を描こうかなってことさ。いい場所があればだけど」

「なるほど。一見、自由自在にルーンを描いているご主人も、隠れたところで努力をしていたのだな」

「そういうわけでもないんだが……。まあ、今は絵を描く趣味があると思ってくれれば、それでいい」


 マンガに関しては、追々説明することとする。


「自分としても、モンスターが棲み着いていないか確認したいところではあるな」

「トールさん……ッッ!」

「ああ。分かってるって」


 隠れ家の周辺を見て回ることが、確定しつつある。

 その流れに乗り遅れまいと、リンが小さな体を一杯に伸ばして存在を主張した。


 片手に焼き魚の串を握りながら。


「この中で一番強いのはリンだからな」

「……そう、なのか?」


 アルフィエルは専門職というわけではないが、狩猟の心得はある。

 一方、見るからに名品と分かる剣を下げてはいるものの、リンが戦う姿は想像しづらい。


「まあ、この辺でリンじゃなきゃ倒せないようなモンスターとかいないと思うけど」

「いえいえ、油断大敵ですよ、トールさん! ドラゴンが出ればドラゴンを斬り、魔王が出れば魔王を斬る。なにが出てもお守りします!」

「頼りにしてるぜ、いくらなんでも想定が大物過ぎるけどな」

「ご主人がそう言うからには信頼していいのだろう。トゥイリンドウェン姫、よろしくお願いする」

「はい! 任されました!」


 とりあえず、昼食後は周辺の探索と決定した。





「王都よりも北のほうなので、お水が冷たくて綺麗ですね」

「自分にとっては南になるが、冷たくて綺麗なのは確かだな」


 靴を脱いだリンが素足で川に入り、気持ちよさそうな歓声を上げた。

 アルフィエルも、メイド服のスカートを濡らさないように摘まみ上げながら、ちゃぷんちゃぷんと音を立ててはしゃぐ。


 波紋が生じ、陽光で照らされた水面が不規則に乱れる。


 昼食を終え、隠れ家を出てから10分後。

 トールは、水と戯れる白と黒のエルフをスケッチブックに写し取っていた。


 天真爛漫。輝くような笑顔で、水を蹴り、意味もなく5メートルほどある向こう岸まで走って行くリン。

 ピンクブロンドが踊り、薄布を何枚も重ね合わせた若草色のワンピースの出で立ちは、まさにプリンセスの休日といった趣きだ。


 そのリンを、慎み深いクラシカルなメイド服に身を包んでいながら、子供のように追うアルフィエル。

 魚を取りに行ったときには、見せなかっただろう顔。意外とすら言える無邪気な表情に、トールは思わず鉛筆を止め……そしてすぐに再開した。先ほどよりも、猛烈な勢いで。


「到着、です!」

「転ぶのではないかと冷や冷やしたぞ」

「大丈夫です! トールさんが関係していないときは、わりと普通なので!」

「それはつまり、肝心なところで駄目になるということではないか?」

「はぅわぁっっ!?」


 舞う水滴が光を反射し、戯れ合うダブルエルフをきらきらと彩っている。


 地球では二次元でしか成立し得ない光景。


「異世界転移して、本当に良かった……」


 苦労もいろいろあったが、その感想に嘘はない。

 心の底から感謝しつつ、トールは目前の光景をスケッチブックに写し取ってった。


「トールさんも一緒に遊びませんか?」

「自分も賛成だ」

「…………」


 川にいる二人から誘われるが、トールは無言で没頭する。

 そのまま集中することしばらく。


 トールは唐突に顔を上げた。


「いや、俺は反対だ」


 真剣な表情で、トールはスケッチブックをひっくり返す。

 そこには、水と戯れるリンとアルフィエルが、精巧にスケッチされていた。


 妖精のように愛らしく。

 天使のように美しい。


 二次元の産物としか思えない三次元の対象を、再び二次元に封じ込めた一枚。


「相変わらず、上手です!」

「すごいな。ご主人には、才能があるのだな」


 しかし、そんな賞賛の声も今のトールには届かない。


「どうして、この奇跡のような光景に混ざることができるだろうか。いや、できない」


 一人の男として、一緒に……という気持ちはある。

 けれど、漫画家遠野冬流は、そんなことはできなかった。


「ここに、俺は不要な不純物なんだよ」

「必要ですよ!」

「必要だぞ!」

「……なんか、言わせたみたいで悪いな」


 自分のアレさ加減に気付き、トールが恥ずかしそうに目を逸らした。さすがに、ちょっと、こう、ダメすぎた気がする。


 そんなトールを見かねたのか。アルフィエルが川から上がり、手を突き出した。


「実は、自分もそれなりに絵を描けるのだ。薬草のスケッチは創薬師の必須技能だからな」

「そうなのか」

「そうだのだ。だから、自分が、トゥイリンドウェン姫と戯れるご主人の絵を描こうではないか」

「アルフィエルさん! なんて、なんてことを。ありがとうございます。ありがとうございます」

「うおっ!? リン、川の中で土下座は止めろよ!?」


 スケッチブックを放り捨てて、トールが駆け出す。どちらが大切なのか分かりすぎるほど分かり、アルフィエルは真顔になるが、それも一瞬。


 トールはなんとか間に合い、アルフィエルはスケッチブックのページをめくって鉛筆を握った。


「うっ。靴のまま入っちまった」

「私のために、申し訳ありません申し訳ありません。あっ、代わりに、ざぶんと私に水をかけるというのはどうでしょう?」

「それ、俺が間に合った意味なくなってるよな!?」


 スケッチブックは描きやすく、鉛筆の書き味にもすぐに慣れた。

 積み重ねた年月を感じさせる、仲睦まじく和気藹々としたトールとリンという題材も申し分ない。


 しかし、それで絵のクオリティが約束されるわけではなかった。


「……こりゃ、随分と前衛的だな」

「私、こんなに四角い顔だったんですね!」


 もしかしたら、千年ぐらい経ったら評価される日が来るかもしれない。


「は、母が去って以来、ずっと一人だったもので、人は書き慣れていないの……だ」


 完成したのは、そんなスケッチだった。

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