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第十四話 トールさんが兄さまになるので、私としてはお得なのでは……?

 川遊びを終え、三人は上流へと向かった。

 隠れ家の裏手。鬱蒼と木々が生い茂る森というべきか、山奥というべきか。トールの部屋のように整えられたものではなく、本物の自然が広がっている。


 かなりきつめの勾配で、獣道でもあれば、まだマシなほう。

 植物は好き勝手に伸び放題で、視界も悪い。


 ただ、森こそホームグランドであるエルフやダークエルフ。そして、《旅行》と《耐久》のルーンで強化した靴を履くトールにとっては平地を進むのと変わりなかった。


「ふっ。飛んで火に入るだな……」


 アルフィエルの視線の先。茂みの向こうには、ウサギが三羽向かい合っていた。縄張り争いなのか、それともメスを奪い合っているのか。


 威嚇し合っており、他に注意は向いていない。


 アルフィエルは視線を外すことなく、採集袋からいくつかの素材を握った。

 蝶の苔、シェイドの樹液、サンドベリー。

 手つきは無造作だが、レシピ通りの分量を、手の中で配合する。


「創薬、《子鬼の太陽》」


 そこにアルフィエルが魔力を通し、白く輝く粉薬がひとつかみ完成した。


「ご主人、トゥイリンドウェン姫、離れていてくれ」


 創薬術の技で、その場で作り上げた眠り薬。

 注意をすると同時に、ウサギたちの中心へそっと吹きかけた。


 即効性なのか。それとも、体が小さいためか。風に乗った粉薬が到達すると、ウサギたちは一羽残らず、こてんと気を失う。


「まあ、こんなものだ」


 眠りこけたウサギを順番に締めながら、アルフィエルは自慢げに言った。


「鮮やかというか、なんというか。朝飯の鳥も、そうやって捕ったのか?」

「いや、あれは投石で仕留めたぞ」

「投石」


 メイド服姿のダークエルフの美女から言われると、違和感しかない単語だった。


「おっ、これは香辛料の代わりになるな」

「創薬術も習っておくべきだったかな」


 作業を終えたアルフィエルが、今度は採集に勤しむ。

 トールは、感心しかなかった。サヴァイヴァリティがとんでもない。


「それは困るぞ。自分の仕事がなくなってしまう」

「大切ですよね、役割分担」

「リンが言うと、ものすごく切実に聞こえるな」


 三人は、再び山道を登り始めた。


 しばらくして、トールが不意に口を開く。


「そう言えば、温泉とか出てこないかな、温泉」

「自分が見て回った範囲では、それらしきものはなかったな。まあ、鳥は森の浅いところで取れたので、奥までは入っていないのだが」


 創薬術の素材なのだろうか。木の根元に生えていた白いキノコを採取しながら、アルフィエルが答えた。

 採集袋には先ほど仕留めたウサギも数羽入っているため、ずっしりと重たい。


 家風呂とは別に、温泉の露天風呂でもあれば最高だな。


 その程度の認識だったトールが、アルフィエルの言葉で現実を見せられた格好だ。


「う~ん。隠れ家からあんまり離れた場所だと、見つかっても扱いに困るな……」


 トールも立ち止まり、スケッチブックに素早く森の風景を書き写していく。

 背景の資料であれば写真で充分なのだが、スマートフォンは動かなくなって久しい。記憶に留めるためにも、手を動かすしかなかった。


 リンは、思い思いに動くトールとアルフィエルを眺めながら、静かに微笑んでいる。一緒にいられるだけで満足と、その表情が物語っていた。


 ちなみに、今のところ、まだ一度も転んではいなかった。


「なんなら、自分が家まで温泉を運んでも構わないぞ。もちろん、見つかったならの話になるが」

「それもどうなのか」


 ルーンで補助をすればどうにかなりそうだが、人として、それはいかがなものか。

 かといって、トールが運ぶと言っても許してもらえそうにない。


「気にすることはないが……。それに、温泉となると、硫黄か……」

「……そうか。火山が近くにないとダメなのか」


 再び現実を直視させられたトールだったが、あっさりと気にしないことにした。


「でもまあ、火山も地震も俺の故郷じゃその辺に転がってたし」

「ご主人のふるさとは、魔境かなにかなのか?」

「トールさんの故郷は、聞けば聞くほど不思議なんですよね~。1000年以上続く国の祭祀を司る皇族が国家元首なのに、神も魔法もモンスターも実在しないって言うんですから。どういうことなのか、さっぱり分からんちんですよ!」

「それは、その皇族が神秘を隠匿し、秘密裏に処理しているのではないだろうか?」

「あっ、なるほど。昔は、そういう国もあったと聞きますね~」

「仕方ないだろ、事実なんだから!」


 まともな反論もできず、トールは逆ギレするより他になかった。ファンタジーから同類扱いされる祖国の偉大さが身に染みる。


「日本……俺の故郷の話はいいんだ。それより、この辺にモンスターとかいそうか?」

「今のところ、気配は感じません!」

「ああ。痕跡を確認しているが、いても熊ぐらいが精々だろうな」


 二人の報告を聞いて、トールはほっと胸を撫で下ろす。

 対処はできなくもなかっただろうが、いないに越したことはない。ゲームの話ではないが、家を出たら巨人がいた……などというシチュエーションはごめんだった。


 本格的に、引きこもるしかなくなってしまう。


「よくよく考えたら、うちのウルヒア兄さまが、危険な場所への移住を認めるはずがなかったです」

「ほう。トゥイリンドウェン姫の兄君か」

「はい! ウルヒア兄さまはトールさんのことを、とてもとても大切に思ってますから!」

「ほう……。そこ、詳しく聞きたいところだな」

「おいこら、リン。誤解を招く言い方は止めろ」


 ただ単に、国益を考えトールの引退を嫌がっただけだ。

 まあ、トールの存在以上の国益を与えたことで、無理矢理黙らせたのだが。


 それほどに、トールの師が丸投げした計画は重要だったのだ。


「だって、ウルヒア兄さま。トールさんがいないところだと、トールさんのことべた褒めしてましたよ?」

「それ、知りたくない情報だなー」


 リンの兄だけあって、ウルヒアは美形。その上、王族特有の気品まで兼ね備えていた。

 ところが、性格は正反対で、きつめ。結構当たりがきつかった。


 そんな相手が影でツンデレしていたと聞いて、喜ぶ趣味をトールは持ち合わせてはいない。


「そうか。それで、ご主人は自分の誘いに乗らなかった――」

「理性の存在を信じようぜ!?」

「はっ!? ウルヒア兄さまに取られるのはあれですが、そうなったらそうなったで、トールさんが兄さまになるので、私としてはお得なのでは……?」


 リンは自分の言葉で混乱していた。


「あー。もう、先に行くぞ」


 なにを言っても届きはしないだろう。


 トールはスケッチブックを閉じると、二人を置いて早足で進んでいった。《旅行》のルーンが刻まれた靴は、とんでもないスピードで着用者を運んでいく。


「ご主人、一人は危険だぞ」

「待って下さい、トールさん……あうばぁっ」

「しまった。リンが転けると分かっていながら……」


 スケッチブックを片手に、慌てて二人の元に戻るトール。


 だから、気付かなかった。


 途中で、アミュレットに刻んでいた《破幻》のルーンが反応したことに。

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