「ふうむ。この辺りは、創薬師にとっては
「……それ、おかしくねえか?」
山奥のさらに奥を目指して進んでいたトールが、アルフィエルの言葉を聞いて立ち止まる。
「確かに、不可解だな……」
我に返ったアルフィエルが、耳を上下に動かし軽く息を吐いた。
途中でウサギを仕留めたし、シカやイノシシのような野生動物も見かけている。それが、この一角にだけ来なくなるなど、不可解極まりない。
「ん? むむ? むむむむ?」
「どうした、リン?」
珍しく、トールの呼びかけをスルーするリン。
その直後、鼻をくんくんと鳴らしていたかと思うと、唐突に走り出した。
トールとアルフィエルは、ぽかんと顔を見合わせるしかなかった。
「トールさん! アルフィエルさん! こっちに沼があります!」
そして、大声を出して呼ぶ。
慌ててリンを追った二人が目にしたのは、半径20メートルほどある沼だった。
「どこからか、水が湧いているのだろうか?」
「それとも、くぼみに雨水が溜まったのか……だな」
トールなら学校のプールぐらいあると表現するそれを池と呼ばないのは、泥が深く水が濁っているからだが……。
「いや、違う。《知識》のルーンが反応した」
モンスターや妖精たちに関する情報を得るという、エイルフィード神がもたらした起源のルーンのひとつ。
アミュレットのひとつに刻んだそのルーンが、トールの頭に知識を直接流し込む。
「これは沼じゃねえ。ばかでかいスライムだ!」
「イカニモ」
その瞬間、沼の表面が蠢いた。
アルフィエルがトールを背にかばうように動き、そのアルフィエルの前にリンが出る。油断なく、トールが贈った剣をいつでも抜けるようにして。
「コチラニ ガイイハナイ イマ タンマツヲダソウ」
「端末?」
百聞は一見にしかずとスライムが考えたのかは分からないが、トールのつぶやきには反応しない。
代わりに、沼の真ん中がぽこりと膨らみ、そこから中性的な。一糸まとわぬ人の姿を象ったモノが出現した。
同時に、泥で濁っていたように見えた沼が、緑色に変わる。
「ワレハ グリーンスライム ソノナレノハテダ」
「グリーンスライム……有機物を溶かして養分にするけど、無機物はそのまま取り込むスライムの一種……か」
「ああ。そのはずだ。イエロースライムとは正反対だな」
「でも、トールさん! 喋るなんて、聞いたことないですよ!?」
「ワレハ ヒガジュウマンカイイジョウシズムダケノトキヲケミシ コノチニタドリツイタ」
「つまり10万日だから……300年ぐらい?」
エルフ時間だとそれほどでもないかもしれないが、トールには想像を絶する期間だ。《知識》のルーンは、グリーンスライムと意思疎通できるとは教えてくれなかったが、それだけの時間があれば進化も突然変異も起こるのだろう。
「ソウゾウシュノモトメニオウジ ダンジョンデ センジョウデ ハイキョデ アリトアラユルバショデ ヨウブンヲクライ ソウデナイモノヲトリコミツヅケテキタ ワレハツカレテイタノダ」
「そうか。スライムにもいろいろあるんだな……」
あまりにも、スケールが違いすぎる。
そりゃ、300年も働かされたら疲れるよなと、同情するのが精一杯だった。
それでも、グリーンスライムには充分だったのか。
カタコトで、グリーンスライム本人が語っていく。
その顛末をまとめると――
「創造主のオーダー通り、ひたすらゴミを掃除してきたが、その営みに倦み疲れ。放浪の後、この山奥にたどり着き」
「動く必要はなくなったが、やがて迷い込むモンスターは絶滅し、他の餌……野生生物も学習して近寄らなくなって」
「そのうえ、正体不明のエルフに周辺をルーンで封鎖されてしまって、朽ち果てるのを待つだけになったんですね」
――ということだった。
自業自得というわけではないが、なんともコメントしづらい。
「そのエルフって、うちの師匠だろ、絶対」
身内が関わっているらしいとなると、なおさら。
「それにしても、なにかの昔話かな?」
「確かに、教訓めいてはいるが……」
分からないのは、なぜ、トールたちの前に出てきたのか。
まさか、人恋しさではあるまい。
「モハヤ ウゴクツモリハ ナイ」
「じゃあ、さようならということで……」
「ダガ ウエタママクチハテルハ アマリニモアマリ」
「食べられないまま死んじゃうなんて、かわいそう……」
リンが瞳にうるうると涙を溜めて、心の底から同情していた。
こうなると、見捨てるわけにはいかない。
「ご主人は優しいのか、特別トゥイリンドウェン姫に甘いのか、それとも両方なのか……」
「アルフィ、悪いけど頼む」
「承知している、ご主人」
考察を打ち切ったアルフィエルが、採集袋から血抜きだけ済ませた野ウサギを一羽取り出した。
そのまま、表面に浮かぶ人型の端末にアンダースローで投げて寄越す。
「うわ……」
どうするのかと見ていたら、端末の体がぱっくりと半分に割れた。
その狭間に野ウサギを飲み込むと、本のようにばたんと閉じた。
「カンシャスル」
ウサギ一羽で満足したのか。
同時に、グリーンスライムの端末がどろっと溶けて、沼――本体に収容される。
「ツギカラハ ゴミデモハイセツブツデモカマワン イヤ ソノホウガイイ」
その声と同時に、沼からなにかが射出された。
放物線を描き、岸に突き立ったのは一張りの弓。
スライムから出てきたばかりとは思えない、深い紫色の美しいロングボウだった。
「なんのつもりだ?」
「もしかして、餌をあげたお礼か?」
「う~ん。あっ!」
訝しげにするトールの隣で、リンが飛び上がった。耳も一緒にぴこんとする。
「宮廷で見たことがあります。これは、エイルフィードの弓ですよ」
「エイルフィードの弓?」
「はい。名匠レギンが5張りだけ作ったという、太陽と天空の女神の名を冠した名弓です」
「ということは、これはミスラルか……」
「しかも、弦を引けば光の矢が出現するという伝承です。矢が不要で、撃ち放題ですよ!」
思わぬところで伝説の弓が出現し、トールとアルフィエルは固まっていた。
それも当然だろう。家の裏山を探索してきたら伝説の弓が出てくるなど、妄想すらしない。温泉とはわけが違うのだ。
「律儀なスライムさんですね~」
その点、リンは大物だった。
「コンゴモ ヨウブンヲクレレバ シンテイシヨウ ワレニハクベツガツカヌノデ テキトウニワタスコトシカデキヌガ」
グリーンスライムの反応は、リンに近かった。消化できない無機物など、無用らしい。
「すさまじいものが、出てきたな……。さすがご主人」
「いや、俺は関係ないけど、ソシャゲなら、SSRって感じだ……はっ!?」
トールは気付いた。
気付いてしまった。
「ガチャだ……。沼がガチャだ……」
仕組みが、ガチャと同じだということに。
まさか、異世界に来てまでガチャを回すことになるとは思わなかった。
日本にいた頃の爆死やリセマラの記憶が蘇る。こちらへ来て、二度と思い出すことはないだろうと思っていた黒歴史。
「これがほんとのガチャの沼……か」
課金は生ゴミという良心的な運営に、トールは少しだけ泣いた。