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第十六話 でもだって、私のアイデンティティがクライシスですよ!?

「ご主人、これはさすがに困る。困るぞ……」

「そうは言ってもなぁ……他に誰も使えないじゃん?」


 ガチャの沼から隠れ家へと戻る途中。

 夕暮れの山道で、エイルフィードの弓を抱えるアルフィエルが涙目になっていた。珍しい。心なし、耳もしゅんと垂れている。


 それが可愛いから……というわけではないが、トールは抗議を受け付けない。


「リンは剣士だし」

「はい! 剣以外ダメダメメタメタです!」

「俺は、今も昔も弓どころか武器を使ったことなんてない」

「確かに、自分は弓を使えるが……」

「じゃあ、問題ないな」


 そのまま、すたすたすたとトールは山を下っていく。ルーンのお陰で、相当早い。

 エイルフィードの弓を放置することもできず、アルフィエルは遅れて追いかけていった。メイド服の裾がはためくが、気にしてなどいられない。


「問題しかないぞ! 国宝級の弓を渡されて、はいそうですかとならないだろう!?」

「せっかくの神引きなのに」

「そうですよ。便利なんだから、使えばいいんです」

「自分か!? おかしいのは自分なのか!?」


 おかしくはない。

 おかしくはないのだが、常識人ほど損をする場だと気づいていないのが、アルフィエルの敗因だろう。


「自分に弓を持たせたいのであれば、エイルフィードの弓は献上して、そこそこの品を代わりに下賜してもらえば済む話ではないか?」

「リン、渡してはいどうぞって終わりにできると思うか?」

「無理だと思います!」


 入手した経緯の説明。

 譲渡に当たって発生する手続き。

 最悪の場合、式典めいたものまでこなさなくてはならない。


「それに、グリーンスライムの存在が明るみに出たら、殺して蓄えたお宝を奪おうってことになるかもしれない」

「むむむむむ」


 そう言われては、折れるしかなかった。


「分かった。そういうことなら、使わせてもらう」

「何百年も死蔵されてたんだ。使ってもらったほうが、弓も喜ぶだろうよ」

「ただし、これはご主人の所有物だからな。自分は、それを借り受けているだけだからな」

「トールさんなら、売っちゃっても気にしませんよ?」

「売れるか!」


 話がまとまった。

 そのとき、トールが空を見上げ、一点を指さした。


「グリフォンが戻ってきたみたいだな」

「……そのようだ」


 夕焼け空に浮かぶ、小さな点。

 しかし、エルフやダークエルフの視力であれば、見分けがつく。


 アルフィエルの服が入ってるのだろう。首から、かごのような物を提げているのも分かった。


「ふええ……? ということは、えぐ……」


 帰らなくてはならない。

 それに気付いたリンが、目に涙を浮かべた。


 エルフの末姫の可憐な顔が歪み、決壊寸前に追い込まれていく。


「やべ……」

「ど、どうしたら」


 トールは咄嗟にフォローの言葉が出てず、アルフィエルも国宝級の弓を抱きかかえたままあたふたする。


「泊まっていくってとしても、部屋が……」

「そうだ。トゥイリンドウェン姫、今日は一緒に寝よう」

「それだ! それがいい」


 それなら、なんの問題もない。


 リンが、きょとんとした表情を浮かべる。


「……いいんですか?」

「まあ、今日だけはな」


 なし崩しの既成事実化は困る。

 だが、今日は、これだけ一緒に過ごしてきたのだ。ここで迎えのグリフォンが来たからさようならでは、可哀想というものだろう。


「それに、あれだろ。どうせ、王様とかも、そのつもりでいるって」

「それは、さすがにどうなのだ?」


 メイド服のままエイルフィードの弓を胸に抱くアルフィエルが、さすがに疑問を呈す。


 しかし、トールの指摘は正しかった。


「ぐるるぅ!」


 急いで隠れ家へと戻ると、その横で帰りを待っていたグリフォンが、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「はい。お使いご苦労様でした」


 リンが首筋を撫でて労っている間に、トールとアルフィエルはかごを下ろしてやる。

 ふたを開け、中身を確認すると――


「む。食料も一緒に入っているな」


 ――アルフィエル用の服だけでなく、肉や野菜、それにパンなどの食料。さらに、リンの着替えまで入っていた。


 完全に、見透かされている。トールは、苦笑いを浮かべるしかない。


 しかし、リン本人はそれに気づかずショックを受けていた。


「パ、パン……。私の仕事を、クラテールがああぁっっ!?」

「ぐるるぅ?」

「怯えさすな、怯えさすな」


 仕事を取られたと慟哭するリンに、グリフォン――実は、クラテールという名前があった――は、「え? え? え? なにが起こってるんですか?」と困惑する。


 とんだとばっちりだ。


「落ち着け、リン。グリフォンが、『え? 今からでも入れる保険があるんですか?』って顔してるぞ」

「でもだって、私のアイデンティティがクライシスですよ!?」

「グリフォンの宅配便にするつもりはないから。必ず、リンを通すから」

「良かったです!」


 一発で復活した。相変わらず、振り幅が激しい。


「……で、このグリフォンはどうするんだ? うちに、厩舎はないぞ」

「それなら、大丈夫です。クラテール、この山で一晩過ごしてきていいですよ」

「ぐるるぅ!」


 リンの言葉を聞いて、グリフォンは喜びに飛び跳ねた。


「だけど、グリーンスライムさんのところには、近づかないようにするんですよ~」

「ぐるるぅ」


 厩舎ではなく自然の中で過ごさせてリフレッシュするのも、重要らしい。


 飛び去っていくグリフォンを見送ってから、運んできたかごをトールが隠れ家へと運び入れた。


「ご主人、任せてしまって済まない」

「その弓持ってちゃ無理だろ」


 家に戻ってきた。

 昨日は、アルフィエルが倒れてたんだよな……と思い返すトール。あれからいろいろあったと、感慨深く振り返……ろうとして。


 リンが取り出した魔具を見て固まった。


「あれ? トールさん、トールさん。通信の魔具も入ってますよ? 忘れていったんですか?」

「捨てときなさい」


 リンがかごから取り出したのは、大きさも形もラグビーボールのような物体。なにかを知らせるように、ぶるぶると震えている。


「いえでも、たぶんウルヒア兄さまからの着信が……」


 リンが前面のボタンを押すと、上の面から映像が投射された。


「トール、遅いぞ。なにをやっているのだ、お前は」

「アポなしなのに、文句言われる筋合いはないんだけど」

「お前、わざと通信の魔具を置いて出て行ったな?」


 絶世の美男子という役どころを与えられたなら、十人が十人とも納得する。好き嫌いは別にして、その美しさだけは否定できない。


 音声とともに現れたのは、そんな貴公子。


 ウルヒア。エルフの王子にして、リンの兄。

 リンからは想像できない怜悧な瞳で、トールを見つめていた。


 しかし、トールは動じない。


「はああぁ……」


 あららさまなため息を吐きつつ、適当に答える。


「そりゃそうだ。なにが悲しくて、ウルと会話するための魔具なんて持ってこなくちゃならないんだよ」

「離ればなれになったのだ。こうして話ぐらいできなくては、トゥイリンドウェンが悲しむだろう」

「お宅の末娘さんなら、引っ越し二日目から遊びに来てるよ!」

「えへへ……」


 ほめられたと勘違いしたのか、リンがはにかむ。


 可愛かった。


「とにかく、僕はお前を手放すつもりは毛頭ないからな! 憶えておけよ!」

「おおっ」

「はいはい。緊急時だけにするなら、家に置いておくから」


 邪魔にならないように控えていたアルフィエルが、耳をぴんと動かし食いついた。

 そんなメイドを横目に見つつ、トールは映像の向こうのウルヒアに手を振る。


 エルフの王子は、トールに袖にされたからではない驚愕を貴公子然とした美貌に浮かべていた。


「こっちは、忙しいんだ。終わり終わり」

「トール。ちょっと待て、そのメイドが持っている弓は――」


 前面のボタンを押して、強制的に通信を切った。

 そのまま、通信の魔具を棚の中に放り込む。


 直後、通信を求めて魔具が震動するが、放置。


「さて」


 その方針に、アルフィエルだけでなくリンも賛同する。

 あのまま会話を続けていたら、厄介なことになっていたのは、間違いない。


「ご主人は、先に風呂にでも入って欲しい。その間に、晩餐の支度を準備万端整えよう」


 自信ありげに、にやりと微笑む。


「なんなら、トゥイリンドウェン姫と一緒に入ってもらっても構わないぞ」

「お、畏れ多い。それは、畏れ多いことですよアルフィエルさん!」


 トールがなにか言うよりも早く。

 真に受けたリンがその場にひざまずき、罪の告白を始める。


「とてもとても、そんなことは……」

「なんか、俺の意思ないがしろにされてない? 気のせい?」

「いやしかし、私から拒否すると言うことは、私のこの成長期を冒涜するような体をトールさんが意識するということになり、それはそれでトールさんを健全な男性と見なしていない。即ち冒涜することになるのでは!?」

「答えづらすぎるわ!」

「あうわばばぁぁっっっ! 存在するだけで、罪。生まれながらにして罪を背負って生きているんですか、私!?」


 当然と言うべきか、なんと言うべきか。

 風呂には、一人ずつ順番に入った。

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