「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま」
「ん。お粗末様だ」
楽しい時間は過ぎるのも早い。
昨日の残りのローストウサギのサンドイッチという朝食も、あっという間に終わってしまった。
「今、ハーブティーを淹れてこよう」
食器を片付ける用もあり、アルフィエルが席を立つ。
トールも手伝おうと腰を浮かせかけたが、アルフィエルから視線で止められてしまった。
クラシカルなメイド服が台所へと姿を消すのを見届けてから、トールは正面に座っているリンへの視線を移すが……。
「リンどうした?」
思いっきり、笑顔が強ばっていた。
「いえ、ななんあなななんでもありませんにょ?」
「無茶苦茶、なにかあるじゃねえか……って、ああ……」
リンは目に見えてそわそわし始めた。いい加減、帰らなくてはならない。それはリン本人も分かってはいる。
だが、感情はどうにもならない。
寂しい。
「と言っても、どうしようもできねえからなぁ……」
ここに住めと言うのは簡単だが、それは二人の将来が確定するに等しい。
リンのことは嫌いではないが、それは避けたい。というか、それを口にした時点で、トールは再び王宮暮らしだ。
「昨日のうちに、ハーブティーを水から淹れておいたのだ。きっと、気に入ると……おや?」
三人分のハーブティをガラスのコップに注いで戻ってきたアルフィエルが、どんよりとした空気に思わず足を止めた。
「なるほど。そういうことか……」
原因にはすぐ気付いたものの、アルフィエルはなにも言えなかった。自分は残って、トールとともに過ごすのだから、なにを言っても虚しいだけ。
となると、解決できるのは一人だけだ。
「ご主人、ご主人」
トールの耳元で、アルフィエルが声をひそめて言った。トレイを持ったまま、器用に。
「ここは、ご主人の見せ場だぞ」
「無茶振り来たなー」
トールは顔をしかめるが、もちろん、アルフィエルの言葉もリンのことも無視するつもりはない。
「リン、あのな」
「あ、クラテールが……」
しかし、トールが声をかけたのと同じタイミングで、窓の向こうにグリフォンが着陸する様が見えた。
突然の幕切れ。
「トールさん……。アルフィエルさん……。ううう……」
分かっていても自分からは言い出せないらしい。
リンが、大きな瞳に涙を浮かべる。
「実は、リンにしかできない仕事がある」
トールは立ち上がり、リンの前に立って言った。
「私にしかできないこと……ですか?」
トールが、頼りにしている。
リンは、驚きに目を見開く。涙も、一瞬で引っ込んだ。
「ああ」
オウム返しにするリンの肩に手を置いて、トールは厳かに告げる。
「例の弓の件、上手いことごまかしてくれ」
「……はい! 誠心誠意努めます!」
「頼んだぞ。リンにしかできないことだからな」
「ご主人、それは……」
あまりにも向いていないのではないだろうか。
「はい! ウルヒア兄さまの見間違いということで押し通します!」
あまりにも向いていなかった。
「うん。それでいい」
「いいのか? 本当にそれでいいのか、ご主人?」
「アルフィ、冷静に考えよう。リンが、ひたすら見間違いだったと主張するんだ。それ以上、追及できると思うか?」
「それは……」
まさか、そんな単純な話……だった。
「確かにそうだな……」
できない。
怪しいのは分かるが、できない。
「特に、ウルみたいに理詰めで考えるやつには、感情で押し切るリンに弱い」
「相性か」
「ああ。力には技、技には魔法、魔法には力だな」
「……なるほど。深いな」
まったく深くはないのだが、感心するアルフィエルに水を差しても仕方がないので、黙っておいた。
話が一段落したところで、ようやく、アルフィエルはハーブティーを配ることができた。
トールも自分の席に戻り、ハーブティーを飲み干した。いや、飲み干すつもりはなかったのだが、ついついグラスを空にしてしまったのだ。
やはりリンを説得できるかどうか緊張していたからか、さわやかで美味しかった。
「つまり、ご主人も感情で押し切られると弱いわけだな?」
「え? 今、俺の話してないよね?」
空のグラスを置くと、からんと涼しげな音がした。その氷の音をBGMにトールはアルフィエルの顔を見上げる。
しかし、ダークエルフの少女は真剣そのもの。
「むしろ、なぜ、そうならないと思えるのだ。トゥイリンドウェン姫を思いきり甘やかしておいて」
「俺の故郷には、泣く子と地頭には勝てないということわざがあってだな」
「泣く子は分かるが、地頭?」
「権力者のことだ」
「つまり、道理が通じなかったり権力を持っている人間には従うしかない……」
リンは、その両方に該当していた。
「……なるほど。深いな」
それは確かに、誰も敵わないだろう。
「それと、ご主人がトゥイリンドウェン姫に甘いのとは、別の問題のように思えるが」
「べ、別に甘くねえし!」
「それでは、不肖トゥイリンドウェン・アマルセル=ダエア。トールさんのために、行って参ります!」
しばらく黙っていたリンが、元気よく立ち上がる。
「ちょっと待て、リン!」
そのまま、リンは走って隠れ家の外へ出て行く。
「あ、忘れてました!」
……が、突然戻ってきたかと思うと、ハーブティを一気に飲み干した。
「美味しかったです!」
「それはなによりだが、少し落ち着こう」
「でも、トールさんにお仕事を任されたんですよ? この私が。となれば、全身全霊全力全開で事に当たるのが私の務めですから!」
そう言って、再び駆け出していく。
転んでもフォローできるようトールとアルフィエルも追いかけるが、そんな事故は起こらなかった。
「クラテール!」
「ぐるぅ!」
リンがグリフォンの名を呼ぶと、嬉しそうに近寄ってくる。一晩自由に過ごし、リフレッシュしたようだ。昨日よりも毛並みの艶がいい。
そのグリフォンに、リンは颯爽とまたがった。
それは普段のリンからは考えられないほど格好良くて、アルフィエルは息を飲んだ。
「それでは、トールさん、アルフィエルさん。朗報をお待ちください。きっと、トールさんからの任務を果たしてみせますから」
「うん。気合い入れすぎて失敗しないようにな。あと、行くんじゃなくて、帰るんだからな? あっちがリンの家だからな? 重要なところだぞ。テストに出るぞ?」
「なるべく早く、戻ってきますね!」
「……気をつけて行ってこい」
トールは根負けし、アルフィエルと並んでリンを見送った。
グリフォンが翼を羽ばたかせ、青空の向こうに消えて見えなくなるまで、ずっと。
「とりあえず、戻るか」
「そうしよう」
連れだって隠れ家へと戻るが、それは寂しさを際立たせただけだった。
リンがいなくなって、空虚になってしまった空間。
それを埋めるかのように、アルフィエルは心持ち大きな声を出す。
「それで、ご主人。今日はどうするのだ?」
「そろそろマンガを描こうと思ったけど、締め切りがあるわけじゃないし……」
少し悩んでから、ぽんっと手を叩く。
「いい加減、荷ほどきをしようかな」
そう言ったトールの視線の先。
そこには、引っ越し荷物が入った背負い鞄があった。