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第二話 実は、リンにしかできない仕事がある

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「ん。お粗末様だ」


 楽しい時間は過ぎるのも早い。


 昨日の残りのローストウサギのサンドイッチという朝食も、あっという間に終わってしまった。


「今、ハーブティーを淹れてこよう」


 食器を片付ける用もあり、アルフィエルが席を立つ。

 トールも手伝おうと腰を浮かせかけたが、アルフィエルから視線で止められてしまった。


 クラシカルなメイド服が台所へと姿を消すのを見届けてから、トールは正面に座っているリンへの視線を移すが……。


「リンどうした?」


 思いっきり、笑顔が強ばっていた。


「いえ、ななんあなななんでもありませんにょ?」

「無茶苦茶、なにかあるじゃねえか……って、ああ……」


 リンは目に見えてそわそわし始めた。いい加減、帰らなくてはならない。それはリン本人も分かってはいる。


 だが、感情はどうにもならない。


 寂しい。


「と言っても、どうしようもできねえからなぁ……」


 ここに住めと言うのは簡単だが、それは二人の将来が確定するに等しい。

 リンのことは嫌いではないが、それは避けたい。というか、それを口にした時点で、トールは再び王宮暮らしだ。


「昨日のうちに、ハーブティーを水から淹れておいたのだ。きっと、気に入ると……おや?」


 三人分のハーブティをガラスのコップに注いで戻ってきたアルフィエルが、どんよりとした空気に思わず足を止めた。


「なるほど。そういうことか……」


 原因にはすぐ気付いたものの、アルフィエルはなにも言えなかった。自分は残って、トールとともに過ごすのだから、なにを言っても虚しいだけ。


 となると、解決できるのは一人だけだ。


「ご主人、ご主人」


 トールの耳元で、アルフィエルが声をひそめて言った。トレイを持ったまま、器用に。


「ここは、ご主人の見せ場だぞ」

「無茶振り来たなー」


 トールは顔をしかめるが、もちろん、アルフィエルの言葉もリンのことも無視するつもりはない。


「リン、あのな」

「あ、クラテールが……」


 しかし、トールが声をかけたのと同じタイミングで、窓の向こうにグリフォンが着陸する様が見えた。


 突然の幕切れ。


「トールさん……。アルフィエルさん……。ううう……」


 分かっていても自分からは言い出せないらしい。

 リンが、大きな瞳に涙を浮かべる。


「実は、リンにしかできない仕事がある」


 トールは立ち上がり、リンの前に立って言った。


「私にしかできないこと……ですか?」


 トールが、頼りにしている。

 リンは、驚きに目を見開く。涙も、一瞬で引っ込んだ。


「ああ」


 オウム返しにするリンの肩に手を置いて、トールは厳かに告げる。


「例の弓の件、上手いことごまかしてくれ」

「……はい! 誠心誠意努めます!」

「頼んだぞ。リンにしかできないことだからな」

「ご主人、それは……」


 あまりにも向いていないのではないだろうか。


「はい! ウルヒア兄さまの見間違いということで押し通します!」


 あまりにも向いていなかった。


「うん。それでいい」

「いいのか? 本当にそれでいいのか、ご主人?」

「アルフィ、冷静に考えよう。リンが、ひたすら見間違いだったと主張するんだ。それ以上、追及できると思うか?」

「それは……」


 まさか、そんな単純な話……だった。


「確かにそうだな……」


 できない。

 怪しいのは分かるが、できない。


「特に、ウルみたいに理詰めで考えるやつには、感情で押し切るリンに弱い」

「相性か」

「ああ。力には技、技には魔法、魔法には力だな」

「……なるほど。深いな」


 まったく深くはないのだが、感心するアルフィエルに水を差しても仕方がないので、黙っておいた。


 話が一段落したところで、ようやく、アルフィエルはハーブティーを配ることができた。

 トールも自分の席に戻り、ハーブティーを飲み干した。いや、飲み干すつもりはなかったのだが、ついついグラスを空にしてしまったのだ。


 やはりリンを説得できるかどうか緊張していたからか、さわやかで美味しかった。


「つまり、ご主人も感情で押し切られると弱いわけだな?」

「え? 今、俺の話してないよね?」


 空のグラスを置くと、からんと涼しげな音がした。その氷の音をBGMにトールはアルフィエルの顔を見上げる。


 しかし、ダークエルフの少女は真剣そのもの。


「むしろ、なぜ、そうならないと思えるのだ。トゥイリンドウェン姫を思いきり甘やかしておいて」

「俺の故郷には、泣く子と地頭には勝てないということわざがあってだな」

「泣く子は分かるが、地頭?」

「権力者のことだ」

「つまり、道理が通じなかったり権力を持っている人間には従うしかない……」


 リンは、その両方に該当していた。


「……なるほど。深いな」


 それは確かに、誰も敵わないだろう。


「それと、ご主人がトゥイリンドウェン姫に甘いのとは、別の問題のように思えるが」

「べ、別に甘くねえし!」

「それでは、不肖トゥイリンドウェン・アマルセル=ダエア。トールさんのために、行って参ります!」


 しばらく黙っていたリンが、元気よく立ち上がる。


「ちょっと待て、リン!」


 そのまま、リンは走って隠れ家の外へ出て行く。


「あ、忘れてました!」


 ……が、突然戻ってきたかと思うと、ハーブティを一気に飲み干した。


「美味しかったです!」

「それはなによりだが、少し落ち着こう」

「でも、トールさんにお仕事を任されたんですよ? この私が。となれば、全身全霊全力全開で事に当たるのが私の務めですから!」


 そう言って、再び駆け出していく。


 転んでもフォローできるようトールとアルフィエルも追いかけるが、そんな事故は起こらなかった。


「クラテール!」

「ぐるぅ!」


 リンがグリフォンの名を呼ぶと、嬉しそうに近寄ってくる。一晩自由に過ごし、リフレッシュしたようだ。昨日よりも毛並みの艶がいい。


 そのグリフォンに、リンは颯爽とまたがった。

 それは普段のリンからは考えられないほど格好良くて、アルフィエルは息を飲んだ。


「それでは、トールさん、アルフィエルさん。朗報をお待ちください。きっと、トールさんからの任務を果たしてみせますから」

「うん。気合い入れすぎて失敗しないようにな。あと、行くんじゃなくて、帰るんだからな? あっちがリンの家だからな? 重要なところだぞ。テストに出るぞ?」

「なるべく早く、戻ってきますね!」

「……気をつけて行ってこい」


 トールは根負けし、アルフィエルと並んでリンを見送った。

 グリフォンが翼を羽ばたかせ、青空の向こうに消えて見えなくなるまで、ずっと。


「とりあえず、戻るか」

「そうしよう」


 連れだって隠れ家へと戻るが、それは寂しさを際立たせただけだった。


 リンがいなくなって、空虚になってしまった空間。

 それを埋めるかのように、アルフィエルは心持ち大きな声を出す。


「それで、ご主人。今日はどうするのだ?」

「そろそろマンガを描こうと思ったけど、締め切りがあるわけじゃないし……」


 少し悩んでから、ぽんっと手を叩く。


「いい加減、荷ほどきをしようかな」


 そう言ったトールの視線の先。

 そこには、引っ越し荷物が入った背負い鞄があった。

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