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第八話 ピザを、焼くぞ

「ピザを、焼くぞ」

「ピザを、焼きましょう!」


 山の稜線に、太陽が沈みつつある。

 夜と昼の狭間の時間に、隠れ家の外でピザの宴が始まろうとしていた。


「相変わらず、二人の会話は情報量が増えないな」


 そう言いつつも、トールの表情には安堵があった。

 一時間も経たずにアルフィエルが呼びに来たときには背筋が凍りかけたが、リンに時間稼ぎをしてもらって、事なきを得た。


 リンの時間稼ぎ。


 二度としたくない、経験だった。


「しかし、具材に関しては自由に決めて欲しいと思う」


 テーブルの上には、取り分け用の皿。赤ワインとグラス。前菜のサラダ。

 そして、主役であるオリーブオイルが薄く塗られたピザの生地に、各種の具材が並べられていた。


「アルフィ、よく作ったな……」


 ベーコンやチーズに目移りするリンとは対照的に、トールの視線はトマトソースの器へ向いていた。


「概要は聞いていたから問題なかった……と言いたいところだが、実は、結構苦労したぞ」


 湯むきしたトマトをみじん切りし、ニンニクと一緒に弱火で炒める。途中で香草も加え、20分ほどするとトマトソースのベースができる。


 塩を足し味を整えれば完成。


 これが、試行錯誤の末にたどり着いたトマトソースの作り方。苦労しただけに、アルフィエルも感慨深い。


「味見をしてみるか?」

「ああ……。美味いんじゃないか、これ?」

「いいソースを教えてもらった。これは、いろいろと応用が利きそうだ」


 グリルのソースにしてもいいし、パスタにかけてもいいだろう。

 そう。食卓を支える万能ソースだ。


「私はお肉にします。あえて! あえてですけど!」

「別に、エルフが肉食ってもいいんじゃねえか?」


 特に禁忌というわけではないが、あまり肉にがっつくのはみっともないという価値観がエルフにはあるようだ。


 しかし、それは公の場に限られる。


 トールには、隠れて愉しむための言い訳にしか聞こえなかった。


 それを証明するかのように、リンがトマトソースを塗った生地へベーコンやソーセージを乗せていく。

 ピザの直径は、25センチほどか。それが肉まみれになるまで時間はかからなかった。


「チーズもどっさりでいいですよね……って、トールさんそれはなんですか?」

「ハーフ&ハーフってやつだな」


 トールのピザは、片側にトマトソースとミートボールとナス。もう半分は、サラミとタマネギ、ピーマンを散らしたものだった。


 シンプルだが、リンとのバランスを考えれば妥当だろう。


「そんな方法があったなんて、ずるくないですか!? そんなの教えてもらってないですよ!?」

「エルフの王宮で出せるようなもんじゃないからな」


 ピザ自体どうなのかというツッコミは、この際置いておく。


「では、焼いてこよう」


 パーラーと呼ばれる、ピザを窯へ出し入れするための先端が平らな棒状の道具にリンがプロデュースしたピザを載せた。


「そんなのあったっけ?」

「石窯とセットで置いてあったぞ。燃料の薪もな」

「ウル……」


 用意が良すぎる。その配慮を、なぜ俺にはできないんだと、トールは天を仰いだ。神はなにも答えてくれない。

 その間に、アルフィエルは石窯へと移動していく。


 石窯まで多少距離があるが、リンと違って安心して見ていられる。


 そう思っていると、リンが耳元に口を近づけてきた。


「それで、トールさん。いつ渡すんですか?」

「焼けるまで時間があるだろうから、その間に――」

「数分で焼けるから、少し待っていてくれ」

「はひゅうっ」


 二枚目のピザを取りに来たアルフィエルに気付いて、リンが奇声をあげながら離れた。

 ダークエルフのメイドは気にせずに、トールのハーフ&ハーフを回収して石窯へと戻る。


 そして、そのまま、ピザの位置を変えたりして石窯に張り付いてしまった。


「……食べてからかな」

「ですね……」


 二人でサラダに手を付けたり、ワインを注いだりして、待つことしばし。


「完成だ」


 パーラーに熱々のピザを載せて戻って来ると、大きな木皿にリリースする。それを二回繰り返していくうちに、トールとリンはメインイベントを忘れそうになった。


 まず、匂いが暴力的だ。


「おお……。これはかなりテンション上がるな」

「美味しそうです!」

「切り分けるから、少し待ってくれ」


 リンがテーブルの縁を掴んで野生を抑えている間に、アルフィエルがそれぞれ六等分に切り分けていく。

 ぱりっとしてさくっとする音や、包丁にチーズが絡みつく様は官能的ですらある。


「どうぞ」

「いただきます!」


 待てから解き放たれた犬のように、リンが飛びついた。実際、大差ない。

 均等に切り分けられた一片を手に取り、大きく口を開けてかぶりつく。


 途端に、はふんっと、顔が蕩けた。


「チーズがとろっとして! お肉もぷちっとして美味しいです! こんな幸せなのに夢じゃないなんて、いつの間に現実の仕様は変わったんでしょうか!? 誰に土下座して感謝すればいいんですか、トールさん!」

「普通に味わえばいいと思うぞ」


 トールも肉ピザを真ん中で折りたたんで、一気に半分咬み千切った。


 熱い。


 だが我慢して口に入れると、熱々のチーズの濃厚さに続いて、本能に働きかけるベーコンとソーセージの旨味ががつんとくる。


「ああ……。ワインも美味い」


 そして、それに負けない赤ワインが最高だ。思わずため息が漏れる。日本に居た頃は飲み慣れていなかったワインも、異世界生活ですっかりお馴染みになった。


「うむ。良い出来のようだな」


 いつものように二人が満足そうに食べているのを眺めてから、アルフィエルもピザに手を伸ばした。

 トールが具を置いた、シンプルなサラミのピザだ。


 小さく上品に口を開き、先端から数センチを口に入れる。

 ダークエルフの少女は顔色を変えず、確かめるようにゆっくりと咀嚼する。


 心ゆくまで堪能したアルフィエルが、ほう……と、息を吐いた。


「……これは、神の食べ物か?」


 一見大げさな、アルフィエルの感想。

 トールとリンが顔を見合わせ、続けてアルフィエルを凝視した。


「うおっ、ふぉんっ」


 その視線を受け、ダークエルフのメイドは咳払い。


「これが、ピザというものか。トマトソースとチーズの相性が抜群だな。自分で言うのもなんだが、なかなか美味しいではないか」


 再起動を果たしたアルフィエルが真面目に論評するが、トールはすべてを悟ったような優しい笑顔を浮かべるだけ。


「熱いうちに食べようか」

「ご、ご主人がそう言うのであれば、従うのがメイドの務めだな」

「良ければ、私がアルフィエルさんの分を食べてもいいですよ?」

「だ、だめだ!」


 アルフィエルが素早くピザに手を伸ばすと、夕暮れの食卓に笑いが弾けた。


「……む。もう、終わりか」


 あっさりとMサイズのピザを二枚平らげ、アルフィエルは次を作るための相談を始める。


「噂に聞くマルゲリータというものや、エビやカニなどのシーフードがオススメだぞ」

「その前に、アルフィ」


 ここだ。このタイミングしかない。


 意を決したトールがポケットからハンカチを取り出し、アルフィエルの目の前ではらりと包みを解いた。


「イヤリング……か……? 少し変わった形をしているようだが、なかなか格好いいな」

「正式採用の記念品だ。俺とリンで作ったんだけど、気に入ってくれたのなら使って欲しい」

「これを、自分に?」


 意外そうに、自分で自分を指さしたアルフィエル。

 理解が追いつかないのか、イヤリングに手を伸ばそうとしない。


 そして。


 微笑みながら、涙を流していた。

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