使い続けて、先が丸くなったGペン。
地球から持ち込んだ、数少ないトールの私物。
それに、やはりトールの財布についていたチェーンを通して、イヤリングに加工。これには、リンの協力も大きかった。
さらにトールが手ずからルーンを刻んだ、この世界にふたつとない。
そして、二度と作ることができないアクセサリー。
完成した時は、突貫工事の割には良くできている……と、二人でハイタッチしたのだが……。
「やっぱ、手作りはあれだったか……」
それはそうだ。どう考えても、本職には敵わない。手作りだの真心だのというのは、最低限のクオリティが伴った上での話。
そもそも、今回は焦りすぎた。完全に、勇み足だったのだ。
「ええと、これはなかったことに……」
おずおずとイヤリングを差し戻そうとしたところ――
「待ったぁ!」
――アルフィエルが、トールの手首をがっと掴んだ。猛禽のような鋭さに、トールは驚くことしかできない。
「おわっ」
「すまない。不意打ちを受けて動揺してしまった」
「いや、あの。アルフィ? アルフィさん? ちょっと力入れすぎじゃ?」
「おっと。重ね重ねすまない」
アルフィエルは謝りつつ、トールの腕を放さない。
しっかり保持したまま、もう片方の手でハンカチと一緒にイヤリングを受け取った。いや、奪い取ったと表現したほうが適切か。
そのまま懐にしまおう……とし、途中でなにかに気付いたのか。テーブルの上に広げた。
「まったく……。まったく、ご主人。本当に、まったくだぞ」
それからやっと、安心したかのように涙をぬぐう。あとには、もう笑顔のアルフィエルだけがいた。
「つまり、なにがどうしてどうなったんです?」
あまりの成り行きに、リンが目を丸くしている。
「あ、うん」
それは、トールも同じだった。
呆然とワイングラスを手に取り、中身を傾ける。
空だった。
「気に入ってくれた……ということで、いいんだろうか?」
「もちろんだ。というよりも、自分は最初からそのつもりだったぞ」
「あ、はい。ごめんなさい」
これ以上、深追いは止めようと、トールは決めた。受け取ってくれた。それで充分だ。
「ありがとう、ご主人、トゥイリンドウェン姫。絶対、大切にする」
「まあ、記念品なんでそんなに大げさなものじゃ……」
「絶対、大切にする」
胸に抱くようにしながら言われて、トールも悪い気はしない。それは、リンも同じだった。
「トールさん、良かったですね!」
「ああ。一安心だな」
「ハッピーエンドで良かったです! ハッピーエンドを外すのは、本当のプロか、プロ気取りのナルシストだって、ウルヒア兄さまも言ってましたし!」
「当然のように辛辣だな……」
創作を志す人間には、わりと身につまされる言葉だった。
「それはともかく」
アルフィエルの涙には驚かされたが、これでようやくルーンの説明ができる。
「そのイヤリング、別のルーンを刻んでいるんだけど……」
一見見分けがつかないが、ひとつは、自らの意思に依らず身柄を拘束されることを防ぐ、《解放》のルーン。そして、もうひとつが呪咀の類を術者へ反射する《反呪》のルーンが刻まれていた。
いずれも、エイルフィード神がもたらした原初のルーンだ。
「この小さいのにか?」
「ちゃんと、例の火鉢で強化してるからな」
それに、地球から持ち込んだものというのが良かった。原初のルーンだけあって強力だが、それを支える土台として申し分ない。
「そうではなく、この小さいのによく刻印できたのだなと言いたかったのだが」
ほんの数センチのペン先に刻印された、それぞれのルーン。どうやって描いたのかアルフィエルには見当もつかなかった。
「細かいだけじゃん」
「そうか。自分のご主人は、こういう人だったな」
「ですよね~。それに、トールさんには、実用的じゃないルーンのほうがいいって言ったんですけど、これがいいって聞かなかったんですよ!」
申し訳なさそうにしつつも、リンは土下座まではしなかった。
どうやら今回は蚊帳の外だと思っているようで、余裕があるようだ。
「どうせなら、ちゃんとした効果があるやつのほうがいいだろ」
アルフィエルが戦乙女の娘だと分かり、その戦乙女を創造した女神エイルフィードにあやかっているのだ。
「実用的で、なにが悪いっていうんだよ。なあ?」
「自分としては、《貞節》や《情愛》のルーンでも良かったのだがな」
「重たい」
思い人を振り向かせる効果を持つとされるのが、《情愛》のルーン。《貞節》のルーンは、心変わりを防ぐと言われている。
どちらもまた、原初のルーンのひとつだった。
「記念品であって、なんかプロポーズしてるとか。そういうんじゃないんだぞ? ないんだからな?」
「《解放》も《反呪》も、《貞節》や《情愛》とそう変わらないと思うのだが?」
「突然、誘拐されたとかいう話を聞いたら、そりゃ、そうなるって」
「……うむむ」
心配させてしまって申し訳ない気持ちと、どうしようもない嬉しさがない交ぜになって、アルフィエルはなにも言えなかった。
「と言っても、デザインが気に入らなければ無理に使わなくてもいいので。代わりの護符のようなものを用意するから」
「そこは、俺のプレゼントなんだから、当然使うよな? と言ったほうが好感度が高くなるぞ、ご主人」
「ですですですよ」
「俺が描くのは少女マンガじゃないんで」
そんなキャラにはなれないとトールが拒絶すると、アルフィエルはちょっと残念そうにした。
その直後、はっとなにかに気づいたように目を輝かせた。
「……そうだ! ご主人、許可が欲しい」
「なんの?」
「どちらか片方を、トゥイリンドウェン姫に贈りたいのだが、構わないだろうか?」
「わたわたわた、私ですか!?」
いきなり話の俎上に載せられ、リンが目に見えて動揺した。相変わらず、会話の不意打ちに弱い。それ以外も強くはないが。
「あうばばばばばっっ。もしかして、ちょっと。ほんのちょっとだけ、こう、出来心的な意味でいいなぁ……うらやましいなぁ……って思っていたのが分かってしまったのでしょうか?」
そして、電光石火の速さで自供した。
「し、死ぬ。私、死んだほうがいいでしょうか?」
「生きろ」
「あ、はい! トールさんがいいと言うまで死にません!」
リン――トゥイリンドウェン・アマルセル=ダエアが、
「でも別に、リンに譲る必要はないんだぞ?」
目下の問題は、突然、半分こにすると言い出したアルフィエルの真意にあった。