目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第九話 絶対、大切にする

 使い続けて、先が丸くなったGペン。

 地球から持ち込んだ、数少ないトールの私物。


 それに、やはりトールの財布についていたチェーンを通して、イヤリングに加工。これには、リンの協力も大きかった。

 さらにトールが手ずからルーンを刻んだ、この世界にふたつとない。


 そして、二度と作ることができないアクセサリー。


 完成した時は、突貫工事の割には良くできている……と、二人でハイタッチしたのだが……。


「やっぱ、手作りはあれだったか……」


 それはそうだ。どう考えても、本職には敵わない。手作りだの真心だのというのは、最低限のクオリティが伴った上での話。


 そもそも、今回は焦りすぎた。完全に、勇み足だったのだ。


「ええと、これはなかったことに……」


 おずおずとイヤリングを差し戻そうとしたところ――


「待ったぁ!」


 ――アルフィエルが、トールの手首をがっと掴んだ。猛禽のような鋭さに、トールは驚くことしかできない。


「おわっ」

「すまない。不意打ちを受けて動揺してしまった」

「いや、あの。アルフィ? アルフィさん? ちょっと力入れすぎじゃ?」

「おっと。重ね重ねすまない」


 アルフィエルは謝りつつ、トールの腕を放さない。

 しっかり保持したまま、もう片方の手でハンカチと一緒にイヤリングを受け取った。いや、奪い取ったと表現したほうが適切か。


 そのまま懐にしまおう……とし、途中でなにかに気付いたのか。テーブルの上に広げた。


「まったく……。まったく、ご主人。本当に、まったくだぞ」


 それからやっと、安心したかのように涙をぬぐう。あとには、もう笑顔のアルフィエルだけがいた。


「つまり、なにがどうしてどうなったんです?」


 あまりの成り行きに、リンが目を丸くしている。


「あ、うん」


 それは、トールも同じだった。

 呆然とワイングラスを手に取り、中身を傾ける。


 空だった。


「気に入ってくれた……ということで、いいんだろうか?」

「もちろんだ。というよりも、自分は最初からそのつもりだったぞ」

「あ、はい。ごめんなさい」


 これ以上、深追いは止めようと、トールは決めた。受け取ってくれた。それで充分だ。


「ありがとう、ご主人、トゥイリンドウェン姫。絶対、大切にする」

「まあ、記念品なんでそんなに大げさなものじゃ……」

「絶対、大切にする」


 胸に抱くようにしながら言われて、トールも悪い気はしない。それは、リンも同じだった。


「トールさん、良かったですね!」

「ああ。一安心だな」

「ハッピーエンドで良かったです! ハッピーエンドを外すのは、本当のプロか、プロ気取りのナルシストだって、ウルヒア兄さまも言ってましたし!」

「当然のように辛辣だな……」


 創作を志す人間には、わりと身につまされる言葉だった。


「それはともかく」


 アルフィエルの涙には驚かされたが、これでようやくルーンの説明ができる。


「そのイヤリング、別のルーンを刻んでいるんだけど……」


 一見見分けがつかないが、ひとつは、自らの意思に依らず身柄を拘束されることを防ぐ、《解放》のルーン。そして、もうひとつが呪咀の類を術者へ反射する《反呪》のルーンが刻まれていた。


 いずれも、エイルフィード神がもたらした原初のルーンだ。


「この小さいのにか?」

「ちゃんと、例の火鉢で強化してるからな」


 それに、地球から持ち込んだものというのが良かった。原初のルーンだけあって強力だが、それを支える土台として申し分ない。


「そうではなく、この小さいのによく刻印できたのだなと言いたかったのだが」


 ほんの数センチのペン先に刻印された、それぞれのルーン。どうやって描いたのかアルフィエルには見当もつかなかった。


「細かいだけじゃん」

「そうか。自分のご主人は、こういう人だったな」

「ですよね~。それに、トールさんには、実用的じゃないルーンのほうがいいって言ったんですけど、これがいいって聞かなかったんですよ!」


 申し訳なさそうにしつつも、リンは土下座まではしなかった。

 どうやら今回は蚊帳の外だと思っているようで、余裕があるようだ。


「どうせなら、ちゃんとした効果があるやつのほうがいいだろ」


 アルフィエルが戦乙女の娘だと分かり、その戦乙女を創造した女神エイルフィードにあやかっているのだ。


「実用的で、なにが悪いっていうんだよ。なあ?」

「自分としては、《貞節》や《情愛》のルーンでも良かったのだがな」

「重たい」


 思い人を振り向かせる効果を持つとされるのが、《情愛》のルーン。《貞節》のルーンは、心変わりを防ぐと言われている。


 どちらもまた、原初のルーンのひとつだった。


「記念品であって、なんかプロポーズしてるとか。そういうんじゃないんだぞ? ないんだからな?」

「《解放》も《反呪》も、《貞節》や《情愛》とそう変わらないと思うのだが?」

「突然、誘拐されたとかいう話を聞いたら、そりゃ、そうなるって」

「……うむむ」


 心配させてしまって申し訳ない気持ちと、どうしようもない嬉しさがない交ぜになって、アルフィエルはなにも言えなかった。


「と言っても、デザインが気に入らなければ無理に使わなくてもいいので。代わりの護符のようなものを用意するから」

「そこは、俺のプレゼントなんだから、当然使うよな? と言ったほうが好感度が高くなるぞ、ご主人」

「ですですですよ」

「俺が描くのは少女マンガじゃないんで」


 そんなキャラにはなれないとトールが拒絶すると、アルフィエルはちょっと残念そうにした。

 その直後、はっとなにかに気づいたように目を輝かせた。


「……そうだ! ご主人、許可が欲しい」

「なんの?」

「どちらか片方を、トゥイリンドウェン姫に贈りたいのだが、構わないだろうか?」

「わたわたわた、私ですか!?」


 いきなり話の俎上に載せられ、リンが目に見えて動揺した。相変わらず、会話の不意打ちに弱い。それ以外も強くはないが。


「あうばばばばばっっ。もしかして、ちょっと。ほんのちょっとだけ、こう、出来心的な意味でいいなぁ……うらやましいなぁ……って思っていたのが分かってしまったのでしょうか?」


 そして、電光石火の速さで自供した。


「し、死ぬ。私、死んだほうがいいでしょうか?」

「生きろ」

「あ、はい! トールさんがいいと言うまで死にません!」


 リン――トゥイリンドウェン・アマルセル=ダエアが、永遠とこしえの女王として君臨する未来は、今このときから始まった……のは、まったく別の話であり。


「でも別に、リンに譲る必要はないんだぞ?」


 目下の問題は、突然、半分こにすると言い出したアルフィエルの真意にあった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?