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第十話 せっかくだから、ご主人に着けてもらいたいのだが……ダメ、だろうか?

「今回は、アルフィの正式採用の記念品なわけだからな」


 それは趣旨が違う。必要なら、リンには別に作る。

 そう言っても、アルフィエルは首を縦には振らなかった。


「ならば、トゥイリンドウェン姫の同居記念としての品があってもいいはずだ。そうではないか?」

「そう言われると、筋は通ってるように聞こえるけど……」

「いえ、あの、その。私など末席に加えていただいているだけで望外の喜びと言いますか、これ以上は、許容範囲を越えるのでどうか許してください!」


 リンがぷるぷると震えて土下座し……そうになったところを、見過ごせないとトールが襟首を掴んで止めた。

 食事中に地面で土下座は、さすがに認められない。


「まあ、アルフィとリンがいいって言うなら、俺は構わないけど」


 頭から否定はできず、トールは二人に投げた。

 アルフィエルは我が意を得たりと拳を握り、リンはぷるぷると子犬のように震える。


「トゥイリンドウェン姫」

「いえ、あの……。それは、私が作った物でもあるわけですし?」

「トゥイリンドウェン姫」

「も、もちろん、大部分はトールさんの手による物ではありますが!?」

「トゥイリンドウェン姫?」

「ど、どっちがいいかアルフィエルさんが選んでください!」


 ここが絶対防衛ラインだと、リンが椅子の上で土下座した。小さく狭いのに、すさまじいバランス感覚だった。土下座にかける情熱が感じられる。


「……では、自分は《反呪》のルーンを。呪いは、自分とご主人を結びつけた、絆のようなものだからな」

「その選び方は、どうだろう?」

「自分にとっては、美しい思い出だぞ」

「じゃ、じゃあ、私は《解放》のルーンのイヤリングですか? ですね? 本当にいいんでしょうか?」

「もちろんだ」


 ぷるぷるぷると震えながら手を伸ばし、アルフィエルからイヤリングを受け取るリン。

 そのまま耳に付けようとしたところで、他ならぬアルフィエルが待ったをかけた。


「せっかくだから、ご主人に着けてもらいたいのだが……ダメ、だろうか?」

「あうばっ。それ、もしかして私もですかぁ!? ちょっとあの心臓が休めと言っているので、十年ぐらい寝かせてからにしません!? せめて五年! それが無理なら三年でもいいので!」


 リンの魂の叫び。

 もちろん、聞き入れられるはずもなかった。


「さあ、ご主人。まずは、トゥイリンドウェン姫からだ」

「わばっ。うわらばばばっばばばあっばっばば」

「いいのか? ダメでも、ルーンで治せる範囲で倒れろよ?」


 自身の恥ずかしさよりも、リンへの心配が先に立つ。


 だが、全身をぷるぷるさせながらも、逃げ出したりはしなかった。


 人語を忘れたリンからイヤリングを――無許可で――受け取り、トールはぴこぴこと動く耳に手を伸ばす。


「いくぞ」

「あうわばばばぶばばばばっばっば」


 一体、なにをやっているのか。一体、どんなシチュエーションなのか。

 トールは疑問を抱きながらも、リンのピンクブロンドをかき上げて、笹穂のようなエルフの耳に、イヤリングを装着した。


「これでよし……か?」

「ぷしゅう……」

「うむ。次は、自分を頼む」


 真っ白に燃え尽きたエルフの末姫を横目に見つつ、ダークエルフのメイドは銀色の髪をかき上げた。

 露わになった艶めかしいうなじに気圧されながらも、トールは立ち上がってアルフィエルの後ろ側に移動する。


「いくぞ……」


 時間をかけたら、失敗する。

 自分自身に気合いを入れ、トールは一息に長い耳の付け根にイヤリングを装着した。


 やりとげた。


 やり遂げて、しまった。


「ん。ありがとう」

「どういたしまして」


 緊張感から解放されたトールは、自分の席に戻るとワインのボトルに手を伸ばす。

 だが、中身が注がれることはなかった。


「ところで、ご主人。エルフやダークエルフに伝わる儀式を知っているだろうか?」

「は? いや、なんのことだ?」


 エルフの宮廷で二年ほど過ごしたトールだが、儀式にはほとんどかかわっていない。儀式に使用する道具は新規に作るようなものではないので、宮廷刻印術師に出番はないのだ。

 新年や収穫祭に少し参加した程度。


「儀式というよりは、風習に近いかもしれないが……」


 そんなトールに、アルフィエルはドヤ顔で口を開く。


「求婚の際に、伴侶の耳に装身具を取り付けるという伝統的な儀式だ」

「それ、俺が今やったやつじゃねーか!?」


 ピンポイント過ぎる。

 明らかに罠だった。


「嘘だろ……っていうか、明らかに嘘だろ! 戦乙女の母親と二人暮らしだったんだろ!」

「はっ。うそ? 今までのことが全部まぼろし?」


 衝撃で前後不覚に陥ったリンが、別方向の衝撃で意識を取り戻した。

 だが、なにがなんだかよく分からず目をぱちくりさせている。


「ダメだ。リンはこの先の話に、ついてこれそうにない」


 しかし、トールにはまだ余裕があった。

 ワインを手酌で注ぎながら、自信満々に言い放つ。


「ウルはあれだけど、他のエルフに聞けば、そんな嘘はすぐにばれるぞ」


 そんな風習があれば、トールの耳に入っていなければおかしい。というより、師匠あたりが面白がって絶対に教えてくるはずだ。そこだけは信用できる。マイナスに。


 なので、絶対にないと言い切れる……のだが。


 そこは、アルフィエルが一枚上手だった。


「大丈夫だ」


 リンの耳に装着された《解放》のイヤリングを見ながら、アルフィエルは自信満々に言い切った。


「どのエルフに聞いても、絶対に否定はされないぞ」

「全然、だいじょうばねえ。それ、単に口裏合わせてるだけじゃねえか!」


 下手なことをすると、新たな伝統が生まれてしまう。それは絶対に避けたい。避けねばならない。


 それなのに、アルフィエルは堂々と勝ち逃げしようとする。


「よし。気を取り直して、ピザの第二弾と行こう」

「まあ待て、アルフィ。そこはきちんと否定してから行こう」


 トールの当たり前と言えば当たり前な。

 同時に切実な叫び。


「はっ。私は、今まで一体なにを!?」


 それで、リンは再起動を果たした。


 ただし、若干、巻き戻っていた。


「アルフィエルさん、世の中には、デザートピザというものもあると聞いたのですが!」

「安心しろ、トゥイリンドウェン姫。それは、次の次だ」

「俺も安心させようぜ!」


 しかし、当たり前と言えば当たり前だが、それが聞き入れられることはなかった。

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