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第十三話 まだあったのかよ!

「トールさん、ご無事ですか」

「あ、ああ……。リンとアルフィのお陰でな」


 こちらを振り返ったリンと、その向こうにある真っ二つになったペトロイーター。両者を視界に入れながら、トールはぎこちなくうなずく。

 雨のお陰で血の臭いが抑えられているのは、不幸中の幸いだった。


「自分は、なにもしていないのと同じ。すべては、トゥイリンドウェン姫の手柄だ」

「いえ、動きを止めてくれて助かりました」

「自分のアシストなど不要だっただろう?」


 アルフィエルお言葉に、リンは静かに首を振った。しかし、いつものネガティブな雰囲気は感じられない。


「失敗しました。完全に斬るつもりはなかったんですが……。やはり、私は未熟者です」


 戦闘モードが残っているのか。土下座しようとはせず、ただ、静かに自らの剣を顧みる。こうしていると、本当に剣の達人のようだった。


「いや、実際に達人なんだけどさ」


 分かってはいた。

 分かってはいたが、普段のリンが印象的で、付き合いの長いトールですらこっちのリンを忘れそうになってしまう。


「まあ、俺が助けられたのは確かだからさ」


 トールはリンのピンクブロンドに手を這わせ、ゆっくり優しく頭を撫でた。さらさらとした手触りが楽しい。


「トールさん。いや、そんな。ダメです。わ、私を甘やかすと、ダメ、とにかくダメ。し、死んでしまいますぅ……」


 ようやく、リンがふにゃりと表情を緩めた。そして、口では駄目だと言いながら、もっともっとと頭をすりつけている。完全に犬だった。


 リンはこっちのほうがいい。わがままだと分かっていても、トールは、そう強く願った。


「ご主人」

「ああ、悪い。これから、どうするかだよな?」

「自分としては、先に進むのを提案する」


 てっきり、戻るべきだと言われると思っていた。

 トールは、驚きに目を見開いてアルフィエルを見つめる。


「この遭遇が、偶然ならそれでもいい。だが、背後でなにかが起こっている可能性も考えられる。となれば、多少なりとも情報を集めるべきだ」


 この一帯は、かつてグリーンスライムが乱獲したことでモンスターの空白地になっていた。むしろ、グリーンスライムがボスモンスターと化していたと言えるだろう。


 実際、ここ数日モンスターに遭遇することはなかったし、ウルヒアも安全だと判断して移住を許可したはず。


「そうだな。ペトロイーターってのは、本来、大人しいらしいし。それが問答無用で襲ってきたとなると……」


 ただの偶然とは言えない。


「うむ。グリーンスライムに話を聞くべきだと、自分は考える」

「でも、危険ですよ!」

「危険? 自分はそこまでではないが、トゥイリンドウェン姫がいれば滅多なことは起こらないだろう」

「そんな! 今回は、たまたま相手が弱かっただけですから」

「いや。弱くはねえだろ、ペトロイーターも、リンも」


 そう。ペトロイーターは強いし、それを瞬殺したリンはもっと強い。

 リンが太刀打ちできない相手が出てきたら、隠れ家にいても同じこと。


「ここまで来たんだ、行こう」

「分かりました! トールさんもアルフィエルさんも、私が絶対にお守りします!」


 トールの方針にあっさりと従うリン。

 いつもの切り替えの速さに、トールは思わず安心してしまう。


「リン、頼りにしてるぞ。アルフィも、冷静で助かる」

「主人の意を汲んで動くのも、メイドの務めだからな」


 我が意を得たりと、アルフィエルが力強くうなずく。


「だから、事が終わったら自分には頭を撫でるより過激なご褒美を頼む」

「過激って指定されるとやりづれえな!」


 冗談を言って気を紛らわせてくれたアルフィエルに感謝しつつ、トールは全力でツッコミを入れた。


 やはり、いつも通りのやり取りは落ち着く。


 アルフィエルの場合、そう見せかけて本気で言っている可能性も高いので油断はできないのだが。





「キタカ」


 トールたちがグリーンスライムの沼に到着すると同時に、会話用の端末が浮上してきた。緊急事態だと肌で感じられ、少しだけ弛緩していた精神が引き締まる思いがする。


「ジョウキョウハ コチラモ ハアクシテイル」


 前置きなしに、グリーンスライムが喋り始めた。


「モンスタータチガ キタカラサットウシテイルヨウダ」

「殺到かよ」


 少なくとも、10や20の数ではないらしい。ペトロイーターは、単なる、群れからはぐれた一頭だったようだ。


「ショウサイハハブクガ シンドウカンチデ モンスターノイチハワカル」

「スライムだから、視覚に依らない感覚器官があるわけか」

「その知覚範囲は、どれくらいなんだ?」

「チヘイセンノサキマデ」

「すげえ……」


 初対面のとき、戸惑った様子もなく取引を持ちかけてきたのは、トールたちの存在を前もって知っていたからなのだろう。もちろん、グリーンスライムの感情など人間には分からないが。


「しかし、北から……か」


 隠れ家があるこの山は、エルフの国アマルセル=ダエアの国境にほど近い。


 さらにその先にあるのは――


「グラモール王国からということだな」


 ――アルフィエルの故郷でもある、ダークエルフの国だった。


「グラモール王国で、なにか起こったのでしょうか?」

「アルイハ イトテキナ シンリャクコウイカ ダナ」

「そんな!? 侵略だなんて!」


 グリーンスライムの淡々とした指摘に、リンが弾かれたように抗議する。

 しかし、説得力はあまりない。ダークエルフを信じているのではなく、アルフィエルをかばっているのが明らかだったからだろう。


「自分の故国が、こんな真似をしでかすとはな……」


 イナゴではないが、モンスターの大量発生が自然に起こることはある。滅多にないことだが、数カ国にまたがる大災害に発展する場合もある。


 そして、なんらかの手段でモンスターを操ることも不可能ではない。自身が巻き込まれないための算段を付ける必要はあるが。


「まだ、決まったわけじゃありませんよ!」

「もしそうだったとしても、アルフィはうちのメイドだ」


 なんにせよ、アルフィエルが責任を感じる必要はない。

 仮に誰かが責任を追及してきたら全力で戦ってやる。それだけのことだと言外に言って、トールはグリーンスライムの端末へ視線を向けた。


「ご主人……。トゥイリンドウェン姫……」

「それよりも、ウルヒア兄さまに知らせないとです!」

「ああ……。うん、まあ、大丈夫だとは思うが、知らせないわけにもいかないな」

「ご主人?」


 アルフィエルは、トールが突然余裕を取り戻した理由が分からず困惑する。しかし、追及することもできなかった。


「じゃあ、俺たちは、家に戻らせてもらう」

「トウゼンダナ コチラヲキニスルヒツヨウハナイ」

「というより、危ないのは俺たちか……。でも、その気になったら、うちまで逃げてこいよ」


 グリーンスライムは答えない。

 代わりに、端末を伸ばしてトールからゴミ袋を奪い取った。


「ヨケイナオセワダ」


 そして、交換だと言わんばかりに一本の瓶が沼から射出された。


「まだあったのかよ!」


 前回と同じ、年代物のワイン。

 中身が同じだと決まったわけではないが、トールは反射的に投げ返そうとし……。


「ダメです!」

「そうだぞ! 切り札になるかも知れないのだからな!」


 前回と同じく、ダブルエルフによって阻まれてしまった。

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