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第2話 俺の領地、悪役しかいないんだが?


 振り返った俺は思わず声を失う。


 潮風に揺れるのは艶やかな金の巻き髪。

 少し吊り上がったローズレッドの瞳に、整い過ぎてもはや凶器とも思えるその顔はまるで女神のよう。

 その完璧に計算しつくされた美しい所作と微笑みは、どの角度から見ても間違いなく貴族令嬢である。


 どこか見覚えがあるような気もするが、社交界に疎い俺には生憎誰だか分からない。



 「あぁ、そうだ。……えっと、申し訳ない。貴女あなたは?」



 俺の言葉に彼女はゆるりと口元に笑みを浮かべて、優雅にスカートをつまむと完璧なカーテシーを見せる。

 ここがのどかな島じゃなく社交界だったら、一瞬でパーティーの華になるような美しさだ。


 ――ん? パーティーの華?


 何か引っかかったけど思い出せない。こんな派手……いや、華やかな美人なら印象に残りそうなのに。



 「あら? まだわたくしを知らない殿方がいらっしゃったのね。わたくし、王太子殿下の元婚約者、アリス・ヒンメルトと申しますの。な誤解から殿下に婚約破棄されまして、今は涙を忍んで元気にこの島で暮らしていますのよ」

 「!」



 アリス・ヒンメルト――!


 その名で一気に思い出した。そうだ、アリス・ヒンメルトだ。

 社交界の花で、淑女の鏡とも謳われた王太子の婚約者にして元・侯爵令嬢。

 そういえば、王子が懸想した平民の女を殺しかけた……とかなんとかで一時期騒ぎになっていた。

 貴族位の殺人未遂ともあれば幽閉や修道院送りが妥当だが、彼女はどうやらこの孤島に送り込まれたらしい。



 「ちなみにこの島には他にも……あぁほら、あちらを」



 そう言ってアリスの扇子が向けた先。

 黒髪黒目の、有難いぐらいにごく普通な容姿の俺とは違い、銀髪に紫水晶の瞳に整った顔立ちの男がいる。

 さぞかし社交界ではモテただろうが今は何やら砂遊びの最中――いや、砂に描かれた8×8のあのマス目は……チェスか。一人で砂チェスとはなんともシュールなご趣味だ。



 「あちらのお顔だけは大変いい殿方が、元コンクラーヴェス伯爵家令息のザックバラン様ですわ。人を見る目が絶望的なことで有名になったあのお方です」

 「…………………………お、おぅ」



 さすがの俺でも知ってる。

 どこまでが本当の話か定かじゃないが、頭脳明晰で構想や策略は常に完璧なのに、そこに他人が関わった途端ボロクソになるのがお約束、という天才……というか一種の鬼才。


 だが、今の俺にとっちゃザックバランは問題じゃないんだ。

 問題なのは木の陰からちらちらと俺に向けられる熱い視線のほう。


 見た目は愛らしいのに、わざとらしく目が合う度にきゃっとリスのように隠れる少女に、ここまでくると嫌な予感しかしない。



 「あー……ちなみにアリス嬢。……あちらのレディは?」

 「え?……あぁ、あちらはリリィナ嬢ですわね。元男爵令嬢で、あまたの殿方を一方的に恋仲と思い込んでは一方的にフラれる大恋愛がお得意の……確か、辺境伯のご子息に手を出したのがこの島行きの決定打でしたかしら?」

 「……」



 ――よし、オーケー。今すぐ帰ろう。


 南の島? 夢のスローライフ? トロピカルフルーツ??


 こんなのただの悪役貴族の隔離島だろ?!

 島に来て10分で出会った島民一から三までが追放された悪役貴族とかどんな島だよっ! 斬新すぎて聞いたことないわ!


 そう絶句する俺に、アリスはとてもとても優雅な顔で微笑んできた。



 「うふふ、ご安心なさいませ、リオン様。わたくし、争いごとは好みませんの。――平和が、一番ですものね?」



 平和とは真逆な存在が何か言っている。

 南国バカンスを夢見た俺は、どうやら悪役しかいない島の『領主』として、彼女らをまとめていかなければならないらしい。



 ――ごめん、弟。あの時は悪かった。ちょっと兄ちゃんを助けて。


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