ヴェストフリート王国の王城、大広間。
天井までクリスタルのようなガラスで作られたこの城の大広間は、天井から直で太陽の光が降り注いでいた。
だが雪国の太陽なので、どこか冷たい、ぱきっとした空気感が漂っている。
そして大広間に置かれている調度品もまた、クリスタル製で冷たい空気を漂わせていた。
唯一燭台のろうそくの炎だけが、辺りをやんわりと照らしていた。
「……なんだか寒々しい部屋じゃのう」
「北方の国家ですからね。温暖なミトフェーラとはかなり異なるとは思います」
「にしても、クリスタルばっかり使っていたら硬いし冷たいじゃろう。いっそのこと変えてはどうじゃ?」
「これらは我が家に代々受け継がれている家具ですので、そう簡単に変えるわけには行きませんよ。では、そこにお座りください」
ベアトリーチェは案内された席に腰を下ろし、横にハルバードを立てかけた。
そして彼女の後ろには、完全武装した武装親衛隊の兵士が、反対側のエルフを見据えて立っていた。
ベアトリーチェはクリスタルの机に肘をつき、少し下から見上げるようにシュトラスブルガーを見た。
「……ベアトリーチェ陛下、色目を使われましても我々は動きませんぞ?」
「色目? 愛する旦那さま以外に使うわけがなかろう。そこは勘違いしないでほしいのじゃ」
「そ、そうでしたか……随分と夫婦仲がよろしいようで」
「そうじゃな。この世に妾たちほど幸せな夫婦はおらんじゃろう!」
このままでは惚気話が始まってしまうと思ったシュトラスブルガーは。直ちに話を別の方向に持っていこうとした。
ちょうどその時、お茶を持ってきたメイドが入ってきたので、なんとか惚気話を回避することが出来た。
ベアトリーチェは運ばれてきたお茶を見て、不思議そうな顔をする。
「なんじゃこれは? 見たことがない茶のようじゃが……」
「これはエーデルワイス、と呼ばれる花から取れるお茶です。我が国の名物なのですよ」
「エーデルワイス……はて、どこかで聞いたような名前じゃな」
ベアトリーチェは考え、ふと思い出したように後ろを向いた。
そして立っている武装親衛隊の中から、とあるワッペンを見つけ出した。
それは、かつての武装親衛隊の山岳部隊が用いていたワッペンであった。
「あのエーデルワイスとは違うと思うが……まあ良い。では本題に入ろうか」
「ですね。ではまずはこちらが、我々が提示する、条件付きの講和案です」
シュトラスブルガーは、クリスタルの机の上をすべらせるように、ベアトリーチェに書類を渡した。
ベアトリーチェはそれを受けとり、中身を精査していく。
そこには、このように書かれていた。
◯ヴェストフリート王国提示 講和案
1、イレーネ帝国とヴェストフリート王国は、双方における全ての戦闘行為を停止する。
2、イレーネ帝国とヴェストフリート王国は、国境線から10km以内に非武装地帯を設置する。
3、ヴェストフリート王国は、イレーネ帝国に対して賠償金を支払う。
4、イレーネ帝国は、ヴェストフリート王国のフリーデン連立王朝からの離脱を支持する。
5、ヴェストフリート王国は、イレーネ帝国側に立って参戦する。
6、イレーネ帝国は、ヴェストフリート王国に対して食料、兵器を提供する。
「……これが我々の提示する和平案ですが、いかがでしょうか?」
「1から3は良いとしよう。それ以降はどういうつもりじゃ?」
「そこに書かれてあるとおりです。我が国はフリーデン連立王朝からの独立を宣言、フリーデンの地を我々のもとにひとつにまとめ上げるのです。そうすれば、貴国にとっても仲の良い国家が誕生し、北部の軍の負担を軽減できることになるのでメリットが有るかと」
「……少し考える時間が欲しいのう。すまぬが、一旦退出させてもらうぞ」
ベアトリーチェは席を立ち、少し考えるように廊下に出ていった。
彼女の中での想定は、ヴェストフリート王国は講和を結び、戦争には中立の立場を取るはずであったからだ。
それがまさか仲間割れで離脱と同時に、旧友である他の連立王朝構成国に宣戦布告をしようとするなど、彼女には思いもよらなかったのだ。
ベアトリーチェはしばらく考えたあと、再び自分の席に戻った。
そして彼女はエーデルワイスのお茶を口に含んだあと、小さく息を吐きだした。
カップをソーサーに置いた彼女は、シュトラスブルガーに向かっていった。
「ヴェストフリート王国の離脱の支持に関しては行えるじゃろう。じゃが、兵器の輸出に関しては旦那さまの意向を聞かない限り不明じゃ。そこは後日返事させてもらおう。食料に関しては、現在の飢饉の現状を鑑み、人道的観点から速やかに支援を行うこととしよう」
「わかりました。では、兵器に関してはまた今後ということで」
「それと、この講和案にはあまり関係がないのじゃが、サーシャはこれ以降はこちらにとどまるつもりなのかのう?」
「サーシャは我が国の王女ですので、あんな事があった以上は国に留めおこうと思いますが、それがどうかしたのですか?」
シュトラスブルガーはベアトリーチェの方を向き、不思議そうに尋ねた。
彼女の胸の中では、四肢を失った王女が、この先ヴェストフリート王国で良い待遇を受けることができるとは思っていなかったのだ。
そのため、彼女はなんとしてもサーシャを手元に留めおきたかったのだ。
「……サーシャの四肢に関しては、残念であると思っている。じゃが、まだ諦めるのは早いのではないじゃろうか?」
「と言いますと?」
「我が旦那さまは神の使徒、神に選ばれしものなのじゃ。そして旦那さまは、自由に女神様と接触することができる、それは妾が戴冠式のときに気がついたことじゃ。教皇などには出来ぬ神の御業、つまり四肢の再生……どうじゃ、これを条件に彼女をもう少しこちらに置いておく気はないかのう?」
これは、ベアトリーチェの賭けであった。
彼女自身、イズンが本当にサーシャの四肢を直せるのか、出来たとしてやってくれるのかは不明であった。
だが、これが成功した暁には、イレーネ帝国へのヴェストフリート王国からの評価の向上と、教皇の威信の失墜を同時にできると踏んだのであった。
「……でしたら、もう少しサーシャはそちらに預けておくことにしましょう。ですが、四肢が再生したら帰らせることを条件に、ですよ」
「分かった。ではそれも講和案に盛り込もう」
「ではこの内容で依存はありませんね? ないのであれば、私から署名をさせていただきます」
シュトラスブルガーは羽ペンで、書類に署名を行った。
その次、ベアトリーチェが同じく羽ペンで書類に署名を行った。
これにて、正式にイレーネ帝国とヴェストフリート王国との間に、講和条約が結ばれたのであった。
だがルフレイがいない以上、残っている交渉すべきことは山積みであった。
しかし、確実に問題の解決に向けて前進したことは確かであろう。
ベアトリーチェは少し満足げに、大広間を出ていくのであった。